社会市場

先述のとおり、オープンソースソフトウェア(OSS)は世界で最もダイナミックなエコシステムのひとつだ。しかし、そのソフトウェアは無料で利用できるので、信頼できる資金源にはずっと苦労してきた。同時に、多くの公的および慈善的な資金提供者は、このエコシステムに価値を見出しているが、従来の学術研究などと比べてきわめて多様なので、どのプロジェクトをサポートすべきかの判断が難しいと感じている。

この課題を克服する最近の試みは、マッチングファンドとコミュニティ寄付の重視だ。スポンサーは複数のプロジェクトをサポートするが、資金プールがどこに使われるかを決めるのは、プロジェクト参加者の小額寄付なのだ。従来、このようなシステム(GitHubスポンサーなど)は裕福な参加者(企業など)に操作されてしまいやすかった。そうした寄付者がマッチングファンドの大部分を支配しているからだ。

これを克服するために、Gitcoin Grantsなどのいくつかの新しいマッチングプラットフォームが受け取った資金の総額だけでなく、個々の貢献者や関連する社会グループにわたる資金源の多様性も考慮した「複数資金」方式を使用して、スポンサー(小口寄付者と助成金)を結びつけている。これらのプラットフォームはOSSの重要な資金源となり、合計で1億ドル以上の資金を調達している。これは、台湾のWeb3関連プロジェクトや、本書のサポートでもきわめて重要だ。また、OSS以外の分野(環境地域ビジネス開発)など)にもますます使われている。

Illustrion of 2 sliding scales. The one of the left sliding straight from $0 to $1000, and is currently set at $10. The one on the right is a corresponding quadratic slider showing that $10 will be matched by $74 and that if the left one was slid all the way to $1000 the match would be $5000. Together this illustrated that due to quadratic matching, lesser donations receive a higher match per dollar.

図 5-7-A Gitcoin 上の寄付はマッチングプールで、クアドラティック資金提供によりマッチングされる。クアドラティック資金提供は社会的な距離を超えて多くの少額寄付の重要性を高めるので⿻資金調達式である



Screenshot of The project page for the plurality book on Gitcoin. It shows details and a description of the project, contacts, the date it was created, how many rounds have ended, the number of contributors, and the amount received to date.

画像 5-7-B Gitcoin 上の本書のプロジェクトページ。2024 年 2 月 2 日段階、寄付者 87 人から$332.84 を受け取った



出典:アプリケーションからの画面キャプチャ


グローバル資本主義ほど、幅広い社会的多様性を超えて多くの人々を連携させ、協力的な交流を行う制度はない。国際ガバナンスの権限と力は限られているため、投票や熟議を通じて国境を越えた公共財を提供する能力は大幅に制限されてしまうが、万能のドル(および人民元)は地球上のほとんどの場所で尊重される。

資本の流れとその投資先となるテクノロジーは、世界中の生活に影響する。国際貿易などの商業協定は、最も強力でほぼ普遍的に尊重されている協定のひとつだ。私有財産は、「法治」の中で他のどんな部分より世界的に一貫して重視されている[1]。ソ連崩壊以来、国境はほとんど動かず、新しい国家はほとんど生まれていないが、Amazon、Google、Metaなどの企業は、おそらくほとんどの国民国家を上回るほど、地球上で有力な地位に成長した。

同時に市場は、その上に構築された各種の精巧な金融および企業構造にもかかわらず、人間の協力のパターンとしては極度に単純な構造と言える。市場は広範囲に適用できるが、後で説明するように、市場が望ましいという議論は、買い手と売り手のペア間の双方向取引のビジョンに基づいている。売り手と買い手は同じ立場で、したがって同様に無力な数多くの買い手と売り手を代表している。その買い手と売り手はすべて、事前に決定された一連の私有財産権に縛られており、その財産権は取引当事者以外への「外部性」をすべて回避するものとされる。

集団レベルの創発的で予想外の影響、スーパーモジュラリティと共有財、異質性、情報の多様性といった概念は、市場の自然で理想的な機能を妨げる「不完全性」または「摩擦」として括られてしまう。

この論争は、社会科学者アルバート・ハーシュマンが記述したとおり、資本主義が台頭するずっと前から、資本主義をめぐる対立の核心となってきた[2]。一方で、市場はほぼ唯一無二の普遍的な「文明化」を行うもので、社会集団間の対立の可能性を軽減し、起業家精神が(社会的)イノベーションを促進し支援するという、新しい形態の大規模な社会組織を創出する「ダイナミック」なものだとされている[3]

その一方で、市場は、他の形態の大規模な社会的相互作用の繁栄をサポートすることが苦手だ。市場は、ここで登場した他の多くの協働テクノロジーを腐食させてしまう。いくつかの新しい形態のコラボレーション創出を可能にする一方で、市場はそれを搾取的で社会的に無責任で、しばしば無謀な独占に変える傾向があるのだ。

ここではこのパラドックスと、本節の冒頭で説明したような急進的な新しい形態の市場が、この包括的でダイナミックな特徴を維持し、拡張しながら、はるかに多様で豊かな人間のコラボレーションを促進する方法を検討しよう。

今日の資本主義

資本主義は、生産手段の私有、自発的な市場ベースの交換、そしてこの出発点から生じる利益動機の自由で活発な運用に基づく仕組みだと一般的に理解されている。今日のグローバル資本主義(「新自由主義」とも呼ばれる)には、次のようないくつかの連動するセクターや特徴がある。

①自由貿易:世界貿易機関(WTO)などの組織によって監督される広範な自由貿易協定により、地球上のほとんどをカバーする行政区域間で、さまざまな商品がほぼ妨げられることなく確実に流通できる。

②私有財産:ほとんどの実物資産と知的資産は私有財産として保有されており、使用、処分、利益の権利がまとめて与えられている。これらの権利は、国際的な領土および知的財産条約によって保護されている。

③企業:市場外ガバナンスを使用する大規模なコラボレーションのほとんどは、国民国家または多国籍企業によって行われ、その多国籍企業は営利目的であり、株主所有で、一株一票の原則によって管理される。

④労働市場:労働は「自己所有権」という考え方と賃金制度に基づいているが、いくつかの重要な但し書きがつく。人々は通常、働くために行政区の境界を越えて自由に移動することはできない。

⑤金融市場:企業の株式、ローンなどの金融商品は、将来の予測に基づいてプロジェクトや物理的な投資に資本を割り当てる高度な金融市場で取引される。

⑥ベンチャー企業と新興企業:新しい企業、したがって大規模な国際協力のほとんどの新しい形態は、「ベンチャーキャピタル」システムを通じて誕生する。このシステムでは、「新興企業」が、新しいビジネスを始めるために必要な資金と引き換えに、将来の潜在的な収益または再販価値の株式を公開市場に売却する。

この構造については、多くの教科書が書かれている(著者の友人たちのものもある[4])。これは、人類がこれまでに考案した最も強力な協力形態のひとつであり、過去2世紀にわたる世界中の物質的条件の、空前の進歩の中心だったことは間違いない。さらに、経済学における最も有名な理論的結果は「厚生経済学の基本定理」であり、そこでは特定の条件下では市場が利己的な個人を「見えざる手によって」公共の利益に奉仕するように導くと主張されている[5]。ただし、この結果が得られる条件と範囲は非常に限定的であるため、資本主義には多くの既知の問題がある。

Illustration of the incompatibility of increasing returns with a profitable efficient market. A chart on the left depicts decreasing returns with a positive profit and a chart on the right depicts increasing returns with a negative profit.

図 5-7-C 限界収益の支払いは、労働者などの要素提供者たちに、投入に対する産出のグラフの接線を投入 0 にまで伸ばして得られる金額を支払う必要が生じる。原点とのギャップは利潤を示し、これは収穫逓減下ではプラスだが、収穫逓増ではマイナス(つまり損失)となる



①収穫逓増と公共財:おそらく、現代経済学の先駆けとなった「限界革命」の創始者たちが強調した最も制約的な条件は「収穫逓減」であり、これは私たちがコラボレーションを定義するために使用したスーパーモジュラリティとは正反対のものだ。これは、生産が「限界収穫逓減」、またはもっと一般的で形式張らない言い方をすれば「全体が部分の総和よりも小さくないと」いけないということだ。このようにして初めて、利益のある生産は、たとえば労働者に生産への限界貢献を支払うという原則と整合する。収穫逓増がある場合、すべての人に限界生産物を支払うと、図5–7–Cに示すように損失が生じてしまう。追加コストをほとんどかけずに多数の人々に利益をもたらし、人々にそれを使わせないようにすることが難しい公共財は、収穫逓増の極端な例であり、経済学者は長い間、市場ではこれらの公共財が著しく不足していると主張してきた。しかし、収穫逓増/スーパーモジュール性のそれほど極端でない例も、資本主義では著しく不足している。これらの財が成長と発展にとっていかに重要であるかを示したポール・ローマーとポール・クルーグマンなどには、ノーベル賞が授与された[6]。つまり、グローバル資本主義の最大のパラドックスは、それがコラボレーションの最大規模の例なのに、自らが先導する技術的コラボレーションをきちんと支えられずにいるということかもしれない。

②市場支配力:共有財からの排除が障壁や暴力で行われる場合、アクセス料金を課すことで、そのようなコラボレーションへの資金提供を部分的に緩和できる場合もある。しかし、これは独占的支配を生み出し、権力を集中させ、コラボレーションの拡大によって生み出される価値を減らし、サポートしようとしているコラボレーションそのものを損ないかねない。

③外部性:ジョン・デューイの1927年の古典『公衆とその諸問題』の核心は、善かれ悪しかれ、イノベーションが新しい形の相互依存を生み出すという認識だ[7]。19世紀の原動機は人間の生活を変えたが、予期せぬ形で環境を変貌させた。ラジオ、航空、化学薬品……すべてが協力のあり方を一変させたが、従来の「所有権」システムや規則が一般的に考慮していなかったリスクや害も生み出した。これらの「外部性」の被害者(または場合によっては受益者)は、構造上、市場取引の直接の当事者ではない。したがって、市場で開発された新しいコラボレーション手段が革命的なら、市場とそこから生み出される企業は、イノベーションの影響を受ける人々を直接巻き込むことはないので、その人々の恩恵を十分に活用することもできず、リスクを軽減することもできない。

④分配:理論的には、市場は分配にまったく無関心であり、望ましい分配目標を達成したければ「賦与」を使って再編成すればいいとされる。しかし、この理想的な再分配を達成するには非常に大きな実務的ハードルがあり、そのため市場は、しばしば驚くほど不平等な結果をもたらしかねない。そして時にはその不平等が、いわゆる「効率」便益とはまったく関係のない理由から生じる。そこから生じる直接的な懸念に加えて、前節で説明した他の共同作業の形態でしばしば想定または利用される、もっと大きな平等の毀損も生じかねない。

これらの課題の認識と対応は、おそらく世界の多くの地域で過去150年間の政治の主要な潮流だったため、ここではごく表面的におさらいするにとどめる。

①独占禁止法と公益事業規制:19世紀後半から20世紀初頭にかけての米国のポピュリスト運動の主な焦点は、構造的介入(企業分割や合併防止など)または行動的介入(価格や差別禁止規制など)を組み合わせて、企業独占の力を抑制することだった[8]。これらは独占の濫用に対処するのに役立つが、コラボレーション(規模)の利点を減らしたり、国家による統治の硬直性を再導入したりするという代償を払うことも多い。起業家精神がそうした硬直性を克服できるようにすることが、大きな利点をもたらすのだ。

②労働組合と協同組合:市場支配力に対処するための代替アプローチは、企業に権力を握られている人々に、その企業への発言権を与える企業ガバナンスモードの創設である。強力な組合は、企業の労働市場支配力を「相殺」し、協同組合または「共同決定」構造を通じて顧客または労働者に企業ガバナンスでの発言権を持たせるために創設される[9]。これらは企業支配力に対する最も活発で効果的な是正策の一部だが、伝統的なフルタイム雇用モデルに限定されている。そのモデルは労働市場のダイナミズムと国際性、およびデジタル時代のコラボレーションの多様性になかなか追いつけていない。

③土地強制収用権/強制買収および土地/財産税:小規模な市場支配力(土地や特定の財産に対するものなど)に対処するために、多くの行政区域は「土地収用」または「強制買収」の権利を持つ。通常は補償金を支払うことで、司法審査の対象となる公的機関の支援を受けて、私有財産を強制的に買い戻せる。一部の行政区域では、不平等を減らし、資産を独占する可能性のある人々から資産の循環を促進するために、土地、財産、相続に税金を課す。これらのアプローチは、社会の公平性と発展にとって重要だが、その財産の公正な評価を、しばしば脆弱な行政プロセスに大きく任せてしまう。

④産業、インフラ、研究政策:市場が公共財などスーパーモジュール型コラボレーションに資金を投入しない傾向を克服するために、多くの政府はインフラ(交通、通信、電化など)、新技術の研究開発、新しい(国にとっての)産業の規模拡大に資金を提供する。これらの投資は、技術、産業、社会の進歩に不可欠だが、資本主義のように国境を越えることは難しく、支援する分野の参加者が持つ情報よりもはるかに少ない情報しか持たない官僚機構により牛耳られてしまいがちだ。

⑤オープンソース、慈善団体、第三セクター:同様の目標に対するより柔軟なアプローチは、慈善団体やボランティア活動(OSSコミュニティなど)を含む「第三」または「社会」セクターの取り組みであり、これは自発的かつ非営利ベースでスケーラブルなコラボレーションを構築する。これらは今日、最もダイナミックな規模のコラボレーションのひとつだが、きわめて強力な市場や政府機関からの財政的支援がないため、規模の拡大や維持が難しいことも多い。

⑥ゾーニングと規制:市場が外部の害悪と利益を考慮に入れないというリスクは、通常は政府が市場活動に課す規制によって対処される。これは通常、より広いレベルでは「規制」、よりローカルなレベルでは「ゾーニング規制」と呼ばれる。特に環境問題では、経済学者が好む「ピグー税」や取引可能な許可証などの解決策が使用されることもある。これらの規制は外部性に対処するための中心的で不可欠な方法だが、右で説明したように、国家(または対応するローカルな正当化)に基づく厳格な意思決定の限界に縛られ、その経済的利害関係を考えると、それに関連があると想定される一般市民の利益すら十分に反映しない利益団体に捕捉/制御されてしまいかねない[10]

⑦再分配:先進資本主義国の多くは、所得と商業に対する広範な課税制度を有しており、その資金は社会保険や公共福祉制度などへ充てられ、極端な不平等に対する牽制として、さまざまなサービスと財政支援の提供を確保する。しかし、土地税や資産税の約束とは対照的に、これらの主要な収入源は、一般的に市場の機能を部分的に妨げるし、最も暴走した富の多くを是正できずにいる。また不平等が他の協力形態を妨げる構造的な方法を完全には修正しきれていない。

これらの解決策の限界は広く認識されており、1970年代以降、多くの国で大きな反発、いわゆる「新自由主義的反動」を引き起こした。しかし市場の限界は依然として存在し、過去10年間でこれらの解決策がどれも復活したし、また、その欠点を克服して、それらが生み出すトレードオフの多くを回避する創造的な試みも復活した。

明日の社会市場

3–2つながった社会」の節で強調したように、市場のダイナミズムを統合し、さらに強化すると同時に市場の限界に対処したいという願望が、⿻、特に経済学のノーベル賞受賞者ウィリアム・ヴィックリーを含むヘンリー・ジョージと彼の追随者の思想の主な動機だった。本書の著者グレン・ワイルの前著はヴィックリーに捧げられている[11]。ヴィックリーは、これらの可能性を探求し、過去に展開された多くの創造的な可能性につながった「メカニズムデザイン」という経済学のサブフィールドの先駆者なのだ。

・部分的な共通所有権:土地税(固定資産税)課税の課題を克服するために、中華民国の建国者である孫文(「2–1玉山からの眺め」で詳しく議論した)や経済学者アーノルド・ハーバーガーなど多くの歴史思想家が、所有者に財産の価値を自己評価させ、売却時にはその評価額で売るという罰則を課すよう提案した[12]。これには、課税のために正直な評価を強制すると同時に、十分に活用されていない資産や独占されている資産を、もっと広範な国民に譲渡するという効果がある。これは、ブロックチェーンなどのデジタル資産レジストリで簡単に実施できるため、近年、特にNFT(非代替性トークン)アート作品で普及しており、台湾の土地にも長年使用されてきた[13]

・クアドラティック資金調達と⿻資金調達:ここの冒頭で説明したように、行政管理者の限られた知識に過度に依存せずに公共/スーパーモジュール財に資金を提供する自然な方法は、行政管理者、慈善家、または公的機関が、分散した個人による寄付をマッチングさせることだ。メカニズムデザイン理論は、前節でのクアドラティック投票を支持する論理に似ており、同じような分散行動を前提とすれば、同額の資金は個々の寄付の平方根の合計の二乗に比例し、少数の大規模な寄付者よりも多数の小規模な寄付者に大きな重みを与える必要があることを示せる[14]。最近の設計では、⿻グループの利益と所属を考慮するために、従来の個人主義設計を超える形でこれが拡張されている[15]

・ステークホルダー企業:部分的な共同所有とクアドラティック資金調達は、組織と資産管理の循環確保に役立つが、顧客や労働者などの「ステークホルダー」に対し、不当な権力を行使したりせず、組織が彼らに奉仕することを直接保証するものではない。右で述べた伝統を踏まえて、近年では環境、社会、ガバナンスの原則、プラットフォーム協同主義、分散型自律組織(DAO)、独占禁止法における「ステークホルダー救済策」(つまり、独占禁止法違反を利用して、不当な扱いを受けたステークホルダーに発言権を与える)、データユニオン、そして最も重要な大規模財団モデル企業の多く(OpenAIやAnthropicなど)を部分的な非営利団体または長期的利益法人として組織するなど、「ステークホルダー」企業を設立するためのさまざまな新たな動きが生まれている[16]

・参加型設計と予測市場:企業内および企業と顧客とのつながりで、リソース割り当てをもっと動的に行うために、デジタルプラットフォームとメカニズムの利用も増えている[17]。例としては、RobloxLEGO Ideasなどのエンターテインメント・プラットフォームで、顧客が新製品設計に貢献して報酬を得たり、新製品の売り上げなど企業に関連する結果を予測したステークホルダーに報酬を与えたりする予測市場などがある。

・マーケットデザイン:最近いくつかのノーベル賞が授与されたマーケットデザインの分野では、メカニズムデザインを適用して、取引の社会的影響を無視するために生じる市場支配力や外部性の問題を軽減するような、市場制度を構築している。例としては、取引可能な炭素排出権の市場、右記の「4–4財産と契約」で説明したオークション設計の例、コミュニティ通貨などのデバイスを使用したコミュニティ内の疑似市場制度(教育、公営住宅、臓器提供など)を促進する市場が挙げられる。これらの市場で外部通貨を使用すると、コアバリューが著しく損なわれかねない[18]

・経済的名声:これらのローカル通貨市場に関連するのは、社会的名声/資本のさまざまな定量的マーカー(バッジ、フォロワー、リーダーボード、リンクなど)が、業績の「通貨」として、譲渡可能なお金に部分的または完全に取って代わるオンラインシステムだ[19]。これらは、多くの場合、広告、スポンサーシップ、クラウドファンディングなどのさまざまな収益化チャネルを通じて、より広範な市場と部分的に相互運用できる。

単純化された市場に代わる選択肢がこのように大量に登場したことで、市場の従来の限界を超える試みは強く促進される。しかし、これは将来の技術が可能にする社会市場の可能性の終わりではなく、その発端でしかないのだ。

社会市場のフロンティア

これらの実験をもとに、包括的に変革された市場システムの姿を垣間見られる。最も有望な要素には、次のものがある。

①循環投資:経済理論の最も注目すべき結果のひとつは、ヘンリー・ジョージにちなんで名付けられている。もともとはヴィックリーが証明したものだが、リチャード・アーノットとノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツが初めて発表したヘンリー・ジョージ定理は、大まかに言えば、適切に設計された共同所有から徴収できる税金で、スーパーモジュラー投資に必要なすべての補助金を賄えると述べている[20]。この結果はきわめて一般的なものだが、簡単な例としては、優れた地元の公立学校を建設すると、周辺の地価が上がるというものがある。この価値が土地税によって回収できたら、原理的には資金を投入する価値のある教育投資がすべてそれで賄える。より一般的には、この結果は、課税/共有財産の革新とスーパーモジュラー活動への資金の割り当てによって進歩を生み出すという、超伝導回路で実現されるような、ほぼ無限の可能性を示唆する。

②⿻財産:これらの資金をどうやって調達できるだろうか? 部分的な共有財産制度は興味深い出発点ではあるが、土地やその他の資産の使用方法と安定性に関する共通の利益を認識し、保護できるツールと組み合わせる必要がある。前節で説明した投票システムが、ここでの自然な答えとなる。これらを合わせた財産制度には大きな可能性があり、さまざまな富の価値の多くを交差する公衆(「fructus」)に還元すると同時に、これらのコミュニティに重要なアクセス(「usus」)と処分(「abusus」)の権利も与える。

③国境を越えた⿻資金調達:⿻資金調達は、調達したリソースを配分するために、現在の境界を大幅に越えることも可能だ。最も興味深い方向性として、行政区域を越えた資金調達と時間的枠組みの拡大が挙げられる。現在の国際貿易条約は、主に貿易障壁の撤廃に焦点を当てており、そこには前述のスーパーモジュール型生産を支える補助金も含まれる。将来の国際経済協力の形としては、⿻資金調達のようなメカニズムを活用して、行政区域を越えた経済ベンチャーのためのマッチングファンドの編成が考えられる。資本主義の重要な利点のひとつは、企業が遠い将来の利益のために資金を調達するという、重要な時間的枠組みの計画要素を備えた、数少ない大規模なシステムだということだ[21]。しかし、たとえば、世代を超えた協力やまだ生まれていない人々との協力を促進する機関などのために、マッチングファンドを備えたさらに野心的な時間的枠組みの経済システムも考えられる。これにより、長期計画の欠如や、多くの方面で評価されている過去の制度の保全に関する懸念が克服され、「未来省」の有機的なものも可能となるかもしれない[22]

④創発的公衆:この仕組みで支援された組織が、ステークホルダーに対して真に説明責任を果たすようになる可能性も同様に有望だ。各種のステークホルダー(労働者、顧客、サプライヤー、汚染物質の投棄や誤報などの負の外部要因の被害者など)は、右で説明したような⿻IDシステムを活用して追跡できる。次に、これらのステークホルダーを、先ほど強調したような投票および審議システムを使用して参加に結びつけられる。これにより、個人に求められる時間と注意力がはるかに少なくなり、既存の集団統治よりも迅速に広く正当な決定を下すことができる[23]。それによって、真に民主的で創発的公衆による⿻統治が、従来の企業統治に代わる現実的な選択肢になる。そうなると、新興技術を政府と同じくらい合法的な方法で統治する新しい民主的な組織が、新興企業と同じくらい頻繁に出現し、ダイナミックで合法的な統治のネットワークを形成する未来も考えられる。

⑤⿻マネジメント:社内では、企業ガバナンスに典型的な階層構造を超えた仕組みも現実性を増している。この本の作成で使用した複数管理プロトコルは、多様な参加者からの貢献の種類と範囲を追跡し、右で説明したようなメカニズムを利用して、作業の優先順位付け(これにより、それらの問題に対処する人の認識が決定される)と、権限を行使し、他の人の決定についての予測に基づいて、プロジェクトに組み込むべき作業を決定する[24]。これにより、階層の重要なコンポーネントの一部(信頼できる権限による評価、それらの権限に応じたパフォーマンスに基づく権限の移行)が直接的な階層報告構造なしで可能になり、ネットワークが厳格な階層に取って代わるかもしれない。

⑥ポリポリタン移民政策:こうしたメカニズムを通じて国際労働市場の厳しさを打破する可能性も高まってきた。哲学者ダニエル・アレンが提案しているように、移住は受け入れ国のひとつ以上の市民社会団体からの支持または支援を条件とすればいい。民間のコミュニティベースのスポンサーシップを認め、長期労働許可のための多様な資格取得経路を認めているカナダや台湾などの国の既存の慣行を拡張し、組み合わせるのだ[25]。これにより、国家による労働移動の厳格な管理を緩和しつつ、社会統合による危害や課題を回避するための説明責任を維持できるかもしれない。

これらは可能性の上っ面を撫でたにすぎないが、⿻原理を活用することで、市場がどれほど大きく再編できるか示せたとは思う。市場と国家をめぐる論争は、しばしばありきたりなパターンに陥るが、この単純な二項対立を過激に超える可能性は、他の⿻分野に負けず劣らず広いのだ。

社会市場の限界

しかし、市場の潜在能力を、奇跡の治療法や未来の主要パターンだなどと誤解してはならない。ここで述べた非常に豊かな形態のものですら、市場はまだ薄い殻のようなものでしかない。せいぜい従来の市場を快適にフィットさせ、豊かな人間関係の多様性に物質的なサポートとインターフェースを提供できるようにするだけだ。最悪の場合、市場を弱体化させる可能性すらある。したがって、市場のサポートで開花する新興の社会形態の背景に溶け込んで見えなくなるくらい柔軟な市場形態を作り上げるよう期待するのが関の山なのだ。

最も厳重に警戒しなければならないのは、権力を民間組織または限られた文化集団に集中させ、多様性を均質化し侵食するという市場の傾向だ。これを克服するには、私たちが強調したような既存の権力の集中を侵食しつつ、意図的に新しい多様性を促進する制度が必要となる。また、ここで示唆したように、投票、審議、クリエイティブなコラボレーション[26]など、多様性をまたがる他の形態のコラボレーションを常に市場と交差させつつ、それらをより広範な市場の力から意図的に隔離できるような市場システム(⿻マネーなど)も作成すべきだ。

しかし、明らかな危険や限界があっても、⿻を追求する者は市場を消そうなどと望んではいけない。最も広い社会的距離を越えて、協力は無理でも共存くらいは調整するような何かが必要だというだけなのだ。そして、これを実現する他の多くの方法は、投票のような希薄な方法でさえ深いつながりを伴うため、均質化のリスクがはるかに高くなる。社会を意識するグローバル市場は、グローバル政府よりもはるかに大きな可能性を秘めている。市場は、他の多くの協力形態と共に進化し、繁栄して、⿻未来を確保するべきだ。


  1. Pistor, op. cit. ↩︎

  2. Albert Hirschman, The Passions and the Interests, (Princeton: Princeton University Press, 1997).〔『情念の政治経済学』アルバート・O.ハーシュマン著, 佐々木毅, 旦祐介訳, 法政大学出版局, 1985〕 ↩︎

  3. Joseph Schumpeter, Capitalism, Socialism and Democracy (New York: Harper & Brothers: 1942). Quinn Slobodian, Globalists: The End of Empire and the Birth of Neoliberalism (Cambridge, MA: Harvard University Press, 2018). ↩︎

  4. Daron Acemoglu, David Laibson and John List, Economics (Upper Saddle River, NJ: Pearson, 2021).〔『ミクロ経済学』『マクロ経済学』ダロン・アセモグル, デヴィッド・レイブソン, ジョン・リスト著, 岩本康志監訳, 岩本千晴訳, 東洋経済新報社, 2019, 2020〕 ↩︎

  5. Adam Smith, An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations (London: W. Strahan and T. Cadell, 1776). 〔『国富論』アダム・スミス著, 竹内謙二訳, 有斐閣, 1925〕 ↩︎

  6. Paul Krugman, “Scale Economies, Product Differentiation and the Pattern of Trade”, American Economic Review 70, no. 5 (1980): 950-959. Paul Romer, “Increasing Returns and Long-Term Growth”, Journal of Political Economy 94, no. 5 (1986):1002-1037. ↩︎

  7. John Dewey, The Public and its Problems, op. cit.〔『公衆とその諸問題』ジョン・デューイ著, 阿部斉訳, みすず書房, 1969〕 ↩︎

  8. Matt Stoller, Goliath: The 100-Year War Between Monopoly Power and Democracy (New York: Simon & Schuster, 2020). ↩︎

  9. John Kenneth Galbraith, American Capitalism: The Concept of Countervailing Power (New York: Houghton Mifflin, 1952).〔『アメリカの資本主義』J・K・ガルブレイス著, 藤瀬五郎訳, 時事通信社, 1955〕 ↩︎

  10. Edward L. Glaeser and Joseph Gyourko, “The Impact of Zoning on Housing Affordability” (2002) at https://www.nber.org/papers/w8835. ↩︎

  11. Eric A. Posner and E. Glen Weyl, op. cit. ↩︎

  12. Sun, op. cit. Arnold C. Harberger, “Issues of Tax Reform for Latin America” in Joint Tax Program of the Organization of American States eds., Fiscal Policy for Economic Growth in Latin America (Baltimore, MD: Johns Hopkins Press, 1965). ↩︎

  13. Emerson M. S. Niou and Guofu Tan, “An Analysis of Dr. Sun Yat-Sen’s Self-Assessment Scheme for Land Taxation”, Public Choice 78, no. 1: 103-114. Yun-chien Chang, “Self-Assessment of Takings Compensation: An Empirical Analysis”, Journal of Law, Economics and Organization 28, no. 2 (2012: 265-285. ↩︎

  14. Vitalik Buterin, Zoë Hitzig and E. Glen Weyl, “A Flexible Design for Funding Public Goods”, Management Science 65, no. 11 (2019): 4951-5448. ↩︎

  15. Ohlhaver et al., op. cit. and Miler et al., op. cit. ↩︎

  16. Colin Mayer, Prosperity: Better Business Makes the Greater Good (Oxford, UK: Oxford University Press, 2019). Zoë Hitzig, Michelle Meagher, André Veig and E. Glen Weyl, “Economic Democracy and Market Power”, CPI Antitrust Chronicle April 2020. Michelle Meagher, Competition is Killing us: How Big Business is Harming our Society and Planet - and What to Do About It (New York: Penguin Business, 2020). ↩︎

  17. Erich Joachimsthaler, The Interaction Field: The Revolutionary New Way to Create Shared Value for Businesses, Customers, and Society, PublicAffairs, 2019参照. またGary Hamel, and Michele Zanini, Humanocracy: Creating Organizations as Amazing as the People inside Them, (Boston, Massachusetts: Harvard Business Review Press, 2020)も参照. ↩︎

  18. Atila Abdulkadiroğlu, Parag A. Pathak and Alvin E. Roth, “The New York City High School Match”, American Economic Review 95, no. 2 (2005): 365-367. Nicole Immorlica, Brendan Lucier, Glen Weyl and Joshua Mollner, “Approximate Efficiency in Matching Markets” International Conference on Web and Internet Economics (2017): 252-265. Roth et al., op. cit. ↩︎

  19. Nicole Immorlica, Greg Stoddard and Vasilis Syrgkanis, “Social Status and Badge Design”, WWW ’15: Proceedings of the 24th International Conference on World Wide Web (2015: 473-483. ↩︎

  20. William Vickrey, “The City as a Firm” in Martin S. Feldstein and Robert P. Inman, eds., The Economics of Public Services: 334-343. Richard Arnott, and Joseph Stiglitz, “Aggregate Land Rents, Expenditure on Public Goods, and Optimal City Size,” The Quarterly Journal of Economics 93, no. 4 (November 1979): 471. https://doi.org/10.2307/1884466. ↩︎

  21. 時間的枠組みにおける経済システムの注目すべき例は,鈴木健によって開発されたPICSY(Propagational Investment Currency System)である. PICSYは,過去の取引を貢献として追跡し,最近の貢献の一部を過去の貢献者に割り当てる価値伝播システムである.したがって, PICSYの枠組みでは,取引は投資のトラックレコードである.〔「伝播型投資通貨システム(PICSY):ソーシャルコンピューティングを用いた新しい通貨システムの提案」鈴木健著, 博士論文, 東京大学, 2009〕〔『なめらかな社会とその敵』鈴木健著, 勁草書房, 2013〕 ↩︎

  22. Robinson, op. cit. ↩︎

  23. この方向への興味深い最初の実験として, Web3プロトコルOptimismがある.このプロトコルでは, 1シェア1投票と,さまざまな「ハウス」でのより民主的な方法を組み合わせてプロトコルを管理している. ↩︎

  24. South et al., op. cit. ↩︎

  25. Danielle Allen, “Polypolitanism: An Approach to Immigration Policy to Support a Just Political Economy” in Danielle Allen, Yochai Benkler, Leah Downey, Rebecca Henderson & Josh Simons, etc., A Political Economy of Justice (Chicago, IL: University of Chicago Press, 2022): ch. 14. ↩︎

  26. 多様性を超えたプーリングは非常に一般的な原則である.規模は重要だが,大きいほど良いとは限らず,形成されるつながりの強さのほうが重要になる場合もある.たとえば,家族,チーム,部隊など,価値の高い相互作用でつながった小ネットワークは,商品の生産においてはるかに大きなネットワークよりも優れた成果をあげることもある.旧石器時代の芸術の記録を考慮すると,重要な社会的機能を果たすための団結は非常に古くから行われており,非国家および非市場の主体によるものであっても,さまざまな規模での協力的なプーリングは,「公共財」は常に不足しているという規則の例外のようだ. ↩︎