プルラリティ · 3-2
つながった社会
たとえば、産業や技術の発明は、関連する行動様式を変え、それが間接的に生み出す結果の量、性質、影響箇所を根本的に変える手段を生み出す。これらの変化は政治形態の外部で生じるものとなる。だがそうした政治形態は、いったん確立されるとそれ自体が惰性を持ってしまい、なかなか消えない。生み出された新しい公衆は、受け継いだ政治機関を利用できないため、ずっと未成熟で組織化されていないままとなる。一方、後者の政治機関のほうは、精巧でうまく制度化されているなら、新しい公衆の組織化を妨害しようとする。社会生活がもっと流動的で、硬直した政治や法の鋳型に押し込まれていなければ、急速に成長したかもしれない国の新形態の発展を、そうした政治機関は邪魔するのである。公衆は、自らを作り上げるために、既存の政治形態を破壊しなければならない。これが難しいのは、そうした形態自体が変化を実現するための通常の手段だからだ。その政治形態を生み出した公衆は消え去るのに、権力と所有欲は、死にゆく公衆が設立した役人や機関の手に残されたままとなっているのだ。だからこそ、国家形態の変化は革命によってしかもたらされないことが多いのである。
─ジョン・デューイ、『公衆とその諸問題』、1927[1]
20世紀には、自然科学と同様に社会科学にも根本的な変化が生じた。アメリカ史上、そしておそらく世界史上、最も売れ、最も影響力のある経済学書を書いたヘンリー・ジョージは、私有財産に対する痛烈な批判者として名を馳せた。社会学の創始者のひとりゲオルク・ジンメルは、個人主義的なアイデンティティの概念を批判する「ウェブ/網の目」という概念を生み出した。アメリカ民主主義の最も偉大な哲学者と広く目されるジョン・デューイは、この概念を具体化しようとする標準的な国家および州の制度は、民主主義に必要なもののほんの表面をかすめたにすぎないと主張した。ノーバート・ウィーナーは、このような豊かなインタラクティブなシステムを研究する分野を指す「サイバネティックス」という用語を考案した。これらの先駆者たちは、近代性の枠の構築に貢献しつつも、その枠の限界を認識することで、それを超えた社会的世界を考えられるようにしてくれる。そして多様性をまたがるコラボレーションの可能性を活用する、「つながった社会」のビジョンへの道を示してくれたのだ。
近代性の限界
私有財産。個人のアイデンティティと権利。国民国家の民主主義。これらは、現代の自由民主主義のほとんどの基礎である。しかし、どれも根本的に一元論的アトム主義を基礎としたものだ。個人はアトムで、国民国家はそれらを結びつける全体、というわけだ。すべての国民は、社会の網の目を形成する関係性のネットワーク(その中では、どの国家もひとつの社会集団でしかない)の一部というより、全体から見ると平等で交換可能な存在と見なされる。国家機関は、自由で平等な個人に対し、直接的で間に何もはさまない関係を持つ(ただし場合によっては、連邦およびその他の補助機関(市、宗教、家族など)も間に入る)。
この構造を最も鮮烈に描き出すのが、現代の社会組織の3つの基礎的制度、すなわち財産、ID、投票である。本書ではまず、これらがそれぞれの状況でどう機能するかを説明し、その後、⿻社会科学の一元論的アトム主義の限界への取り組みと、そこから出てくる克服方法を示す。
■財産
単純でおなじみの私有財産という形態は、世界中の自由民主主義国できわめて一般的である。この権利に対する制限や制約は、ほとんどが政府によるものだ。ほとんどの家は、個人または家族が所有しているか、またはひとりの大家が所有していて、それを別の個人または家族に賃貸している。政府以外の共同所有のほとんどは、標準的な株式会社の形態をとっていて、一株一票と株主価値最大化の原則がそれを仕切っている。公共の利益に基づいて、私有財産所有者の権利は大きく制限されているが、これらは圧倒的に、国、州、地方/市など、少数の政府レベルによる規制の形態をとる。これらの慣行は、歴史の大半の期間を通じてほとんどの人間社会で支配的であった財産制度とはまったく違う。かつての制度では、個人の所有権が完全に制度化されることはめったになく、さまざまな「伝統的な」期待が所有物の正しい使用方法と交換方法を規定していた。近代化と植民地主義によって財産が市場性のある「商品」にされ、社会的な文脈で行われるよりもはるかに幅広い交換と再利用ができるようになったため、このような伝統的な構造はほとんど消滅してしまった[2]。
■アイデンティティ/ID
近代以前、個人は血縁に基づく制度に根ざした家族に生まれ、その制度が生計、生活、意味などすべてを提供し、ほとんど誰もそこから逃れられなかった。人々は身近な知り合いの範囲を越えて移動することはめったになかったため、「公式身分証/ID」は必要ではないし、意味もなかった。こうした制度が崩れていったのは、ローマ帝国と、その後のキリスト教の広がりのためだ[3]。10世紀から12世紀頃にヨーロッパの都市が成長すると、修道院、大学、ギルドなど、さまざまな血縁外の社会制度が出現し、「市民」(都市の人々)の非人格的な社会性が形作られるようになった。そしてそのような機関とのつながりを示す、紙ベースのマーカーが、非公式な血縁関係の知識に取って代わった。特に、教会の洗礼記録は、出生証明書の発行という広く普及した慣行の基礎となった。それがさらに、近代国家における各種の身分証明のあらゆる基礎となった[4]。
これで個人的な関係に依存せずにすむようになり、身元の基盤は国家との関係に基づいて構築されるようになった。それが転じて、子供のスポーツチームから医療提供者まで、他のさまざまな機関の信頼のアンカーとして機能するようになった。これらの抽象的な表象により、人々は、狭い社会世界の「知り合い」や「自分の居場所」ではなく、国家との関係に基づく、抽象化された普遍的な意味での自分として、世界中で活動できるようになった。つまり、この「WEIRD」(Western/西洋 Educated/教育を受けた Industrialized/工業化された Rich/豊かな Democratic/民主的な)普遍主義は、アイデンティティの社会的埋め込みを破り、人々を「解放」し、パスポートや国民IDカードなどの政府発行の現代的な身分証明書により、広範囲に旅行したり交流したりできるようにした。他に重要な資格証としては教育修了証があるが、その構造はおおむね限定的で、特定の「カーネギー単位」構造(理論上は、講師と過ごす120時間)の課程修了で得られるいくつかの「学位」のどれかを意味する。しかし本来であれば、学習達成度については図3–2–Aに示すような広範な認知を提供できてもいいはずだ。近代化によって私有財産の所有権が抽象化され、それが多くの社会的絡み合いから切り離されたのと同様に、個人のアイデンティティ/身分も、移動や新しい関係の形成を制限する社会的束縛から抽象化されたことになる。
出典:Learning Agents Inc.[5]
■投票
ほとんどの自由民主主義国では、「一人一票」の原則が民主主義プロセスの神聖な核心と見なされている。もちろん、さまざまな代議制(複数議席の比例代表制か小選挙区制か)、抑制と均衡(議会は多院制か一院制か、議会制か大統領制か)、および連邦制の程度は実にさまざまだし、その組み合わせも多様ではある。しかし、世間的な見方としても、正式な規則の面でも、集団の社会的構成はどうあれ、多数派(または場合によっては超多数派)が優先されるべきだという考えは、民主主義についての一般的な理解の核心となる[6]。これも、世界のほとんどの地域と歴史のほとんどの部分での意思決定構造とは対照的だ[7]。それまでの意思決定は、家族、宗教、忠誠関係、職業など、さまざまな社会的関係に基づいており、広範かつ多様な代表を立てて行われることも多かった。ここでも同じパターンが繰り返されている。自由主義国家は、それまで社会の中に埋め込まれていた「個人」をそこから「抽出」し、抽象化された国家体制の中で、交換可能な独立市民に仕立てたのだ。
この体制は、ルネッサンスと啓蒙時代から広まった。この時代には、伝統的な共有地ベースの財産制度、コミュニティベースのアイデンティティ、多部門の代表制が、近代国家の「合理性」と「近代性」のために一掃された[8]。この仕組みは、19世紀の産業と植民地時代に確固たるものとなり、文字どおり世界を征服し、マックス・ウェーバーの著作で正統化された。そして、20世紀半ばの「ハイモダニズム」で頂点に達した。この時代には、財産がさらに規則的な形と大きさへと合理化され、身分証明書が生体認証で強化され、一人一票のシステムが幅広い組織に広まった。
世界中の政府や組織がこうした仕組みを採用したのも無理はない。この仕組みは単純でスケーラブルだし、まったく違う出自の人々がすぐに互いを理解し、生産的に交流できるようになる。かつての共有地に基づく財産制度は、部外者や実業家が地元のややこしい慣習を打破できないため、イノベーションが阻害されていた。私有財産制度は、変化を阻害するものを減らすことで、開発と交易への道を切り開いたのだ。20世紀に政府を変革した社会福祉制度の担当者は、権利に関する単一の、平坦で明確なデータベースがなかったら、年金や失業手当への幅広いアクセスを提供することは不可能だっただろう。そして、この仕組みがなければ、米国憲法に組み込まれたような微妙な妥協点には決して到達できなかったし、まして現代世界の複雑さに対応できるほど充実した妥協点などには達しようもなく、民主的な政府が広がる可能性もほぼあり得なかった。
実際、これらの制度は、現代の豊かな自由民主主義国家が台頭し、繁栄し、統治するための中核的な仕組みであり、それがジョセフ・ヘンリックが「世界で最もWEIRDな人々」と呼ぶ人々を生み出した。ニュートン力学とユークリッド幾何学の洞察が、これらの文明に地球を制覇する物理的な力を与えたのと同じように、自由主義的な社会制度は、地球制覇のための社会的柔軟性を与えた。しかし、ユークリッド・ニュートンの世界観がひどく限定的であまりに単純であることが判明したのと同じように、これらの一元論的アトム主義的社会システムの限界を浮き彫りにすることで、⿻社会科学が生まれた。
ヘンリー・ジョージとネットワーク化された価値
社会思想家といえばカール・マルクスやアダム・スミスばかりが印象に残りがちだが、存命中および死からしばらくの間に最も大きな影響力を持っていたのは、ヘンリー・ジョージだろう[9]。聖書以外では長年にわたり英語でベストセラーだった『進歩と貧困』の著者であるジョージは、20世紀初頭の最も成功した政治運動や文化的構築物の多くに影響を与え、それを自ら創始した面さえある。例としては次のようなものだ[10]。
・アメリカの中道左派。彼はニューヨーク市長選で労働党候補として当選目前だった。
・進歩主義運動と社会福音運動。どちらも彼の著作にちなんで名づけられた。
・三民主義。「2–1玉山からの眺め」で述べたように、三民主義の経済的基盤はジョージ主義にしっかりと根ざしていた。
・ゲームの「モノポリー」。これは教育的装置「地主のゲーム」として始まり、ルールを変えると独占が回避できて、共通の繁栄が可能になることを示すためのものだった[11]。
ジョージはさまざまな話題を扱っている。無記名投票のアイデアにも貢献した。しかし最も名高いのは、土地に対する「単一税」の提唱だ。土地の価値は、個人の所有者に帰属するべきではないと彼は主張した。最も有名な例として、彼は美しく均質な土地でいっぱいの、開けたサバンナに、入植者がやってきて、家族のために恣意的に選んだ大きな区画を占有する話を挙げた。次の入植者は最初の入植者の近くに定住したがる。そのほうが仲間と楽しんだり、労働を分担したり、学校や井戸などの共有施設を享受したりできるからだ。入植者が増えても、みんな密集を選択し続け、土地の価値は上がる。数世代後、最初の入植者の子孫は、周囲に大都市が築かれたというだけの理由で、ほとんど努力なしに、想像を絶するほど裕福な、にぎやかな大都市の中心部のかなりの部分を持つ地主になる。
ジョージは、その一家の土地の価値が、その家族に帰属するのは不当だと主張した。その価値は集団の産物なのだから、課税して召し上げるべきだと言う。このような税金は公正であるだけでなく、経済発展にとって不可欠だ。この点は、本書の著者グレン・ワイルを含む後代の経済学者たちが大いに強調している。この種の税金は、特に台湾のように慎重に設計されている場合、土地所有者が土地を生産的に使用するか、他の人に土地を使わせるよう強いることができる。その税収は、土地に価値を与える共有インフラ(学校や井戸など)に使えるのだ。これは「ヘンリー・ジョージの定理」と呼ばれる発想となる。「5–7社会市場」の節で、こうした各種の点にまた戻ろう。
しかし、ヘンリー・ジョージの議論はレフ・トルストイからアルバート・アインシュタインなど各種の政治家や知識人を惹きつけてはいるが、細かく考えると問題がいろいろと出てくる。土地が個人の所有物ではないなら、誰または何の所有物なのか? その都市? 国民国家? 世界?
これはITに関する本なので、シリコンバレーのあるサンフランシスコ湾岸地域が事例としてエレガントだろう。そこは著者2人とジョージ自身が人生の一部を過ごした場所であり、世界で最も高価な土地がいくつかある場所なのだ。この土地の莫大な価値は誰のものだろうか?
・住宅の所有者たちのものではないのは当然だろう。この人たちは単に、運良く自分たちの周りでコンピュータ産業が成長しただけなのだから。するとこの地域の各都市のものか? 多くの改革者は、この地域の都市は、そもそも方向性がバラバラだし開発を禁止したがる者が多いので、地価のすさまじい上昇を自分たちの手柄だなどと主張することはとてもできない、と論じる。
・スタンフォード大学と、カリフォルニア大学バークレー校はどうだろう? 多くの研究者はシリコンバレーのダイナミズムの相当部分が、これらの大学のおかげだと論じている[12]。確かに、大学はある程度の役割を果たしたが、ベイエリアの地価をすべて、この2つの大学だけに帰属させるというのもおかしな話だ。特に、こうした大学はアメリカ政府の財務支援を受けて成功したのだし、全国の他の大学の協力も成功に貢献しているのだから。
・カリフォルニア州ではどうだろう? だがそれを言うなら、州のレベルで行われたどんなことよりも、全国的な防衛産業の産学複合体のほうが、はるかに大きな役割を果たしたはずだ。この産学の研究複合体は(後述のように)インターネットをつくり出したのだから。
・じゃあ、アメリカは? でももちろん、ソフトウェア産業やインターネットは世界的現象ではないか?
・では全世界ではいかがだろう? そんな土地の価値を、まともな意味で受け取って分配できるような世界政府なんか存在しないという本質的な話以外にも、あらゆる地価をそんなに高いところまで抽象化してしまうというのは、あまりに無責任だろう。明らかに、右に挙げた多くの存在のほうが、単なる「全世界」などよりはソフトウェア産業の価値と関係が深いはずだ。こんな議論を認めたら、世界政府なる存在が、あらゆるものをデフォルトですべて仕切ることになってしまう。
さらにややこしい話として、不動産から得られる収益は、所有という意味のごく一部でしかない。法学者は一般的に、不動産を「usus」(土地にアクセスする権利)、「abusus」(土地に建物を建てたり処分する権利)、「fructus」(土地から利益を得る権利)という権利の束として説明する。ベイエリアの土地には、どのような状況で誰がアクセスできるべきなのか? その土地に誰が何を建てられるのか、あるいは建てる権利を他人に独占的に売れるのは誰か? こうした疑問のほとんどは、ジョージの著作では、解決はおろかほとんど検討もされていない。この意味で、彼の著作はむしろ、私有財産が提供する簡単な答えから一歩踏み出そうという、有益な誘いなのだ。おそらく、彼のアイデアが非常に影響力はあっても、エストニアや台湾のような少数の(確かに非常に成功している)場所で、部分的にしか導入されていないのはこのためだろう。
このように、ジョージが考察と具体的な姿の構想を呼びかけているこの世界は、⿻価値の世界であり、さまざまな規模に局在するさまざまなエンティティ(大学、自治体、国民国家など)がすべて、価値創造にさまざまな度合いで貢献する世界となる。これは波とニューロンのネットワークが、さまざまな位置に粒子がある確率や、心の中で起こる考えにさまざまな度合いで貢献するのと同じことだ。そして正義と生産性のために、財産と価値はこれらの交差する社会的なサークルに、さまざまな度合いで帰属すべきなのだ。この意味で、ジョージは⿻社会科学の創始者だった。
ゲオルク・ジンメルと交差的(非)個人
出典: Wikipedia, public domain[13]
ジョージの著作にもネットワーク思考が暗黙のうちには含まれていたが、それを明示的にして、偶然にとはいえ命名したのは、大西洋を越えた別の思想家だった。ゲオルク・ジンメルは、20世紀初頭のドイツの哲学者で社会学者であり、ソーシャルネットワークというアイデアの先駆者である。彼の著作が「網の目/ウェブ」を重視しているというのは誤訳なのだが、これが結局、「世界」に広まった。ラインハルト・ベンディックスは、1908年のジンメルの名著『社会学』の1955年翻訳で、ジンメル思想の直訳「社会サークルの交差点」は「ほとんど無意味」だと考えて、それを「グループ帰属のウェブ/網の目」と表現した[14]。それが直接どこまで影響したかははっきりしないが、もしベンディックスが反対の選択をしていたら、インターネットについて「ワールドワイドウェブ」ではなく「交差するグローバルサークル」という言葉で語っていたかもしれない[15]。
ジンメルの「交差的」アイデンティティ理論は、伝統的な個人主義/アトム主義(当時の社会学ではマックス・ウェーバーの著作の特徴で、リバタリアニズムに深く影響)と集団主義/構造主義(当時のエミール・デュルケームの社会学の特徴で、テクノクラシーに深く影響)に代わるものだった。ジンメルから見れば、この2つはもっと豊かな基礎理論の極端な還元/投影でしかない。
彼の見方だと、人間はきわめて社会的な生物であり、このために、そのアイデンティティは社会的関係を通じて深く形成される。人間は、社会的、言語的、および連帯的な集団に参加することで、自己意識、目標、および意味の重要な側面を獲得するのだ。単純な社会(孤立した、田舎の、または部族的な社会など)では、人々は人生のほとんどを、右で説明した親族グループとの交流に費やす。このサークルは(主に)集団として人々のアイデンティティを定義づける。このため単純社会の研究者のほとんど(たとえば人類学者マーシャル・サーリンズ)は、方法論として集団主義を好む傾向がある[16]。しかし、右で述べたように、社会が都市化すると社会的関係も多様化する。人々はひとつのサークルで働き、別のサークルで礼拝し、3番目のサークルで政治的な主張を支持し、4番目のサークルで娯楽を楽しみ、5番目のサークルでスポーツチームを応援し、6番目のサークルで差別されていると自認する、といった具合だ。これらの多様な帰属が合わさって、個人のアイデンティティが形成される。帰属するサークルの数が増えて多様になれば、その分だけ別の誰かがまったく同じ帰属の交差を共有する可能性は下がる。
これが起こると、人々は常に自己意識全体の中で周囲の人々と共有する部分が百%ではなくなる。だから自分が「ユニーク」(肯定的に捉えるなら)、あるいは「孤立/誤解されている」(否定的に捉えるなら)と感じ始める。これにより、ジンメルの言う「質的個性」なる感覚が生じる。複雑な都市環境に焦点を当てる社会科学者(経済学者など)が、方法論として個人主義を好みがちなのは、このせいかもしれない。しかし皮肉なことに、ジンメルが指摘するように、そのような「個性化」は、まさに「個人」が多くの帰属先に分かれ、分裂するからこそ起こるものだし、その度合いはその分裂が多いほど高まる。したがって、方法論としての個人主義(および、右で強調したように、それが正当化した国民国家の「平等主義的個人主義」と呼ばれるもの)は「(非)個人(訳注:完全に切り離されて独立した個人ではないという意味)」を社会分析の不可欠な要素と見なすが、ジンメルはむしろ、現代の都市社会の複雑さとダイナミズムの創発的な特性として個人が可能になるのだと示唆する。
したがって、国民アイデンティティという仕組みがコミュニティの束縛から解放しようとする個人は、実際にはコミュニティの成長、増殖、交差から生まれるのだ。真に公正で効率的な財産制度は、このようなネットワーク化された相互依存を認識し、考慮するので、現代生活を真に強化し、サポートするIDシステムは、その⿻構造を反映する必要がある。
ジョン・デューイの創発的公衆
もし(非)個人のアイデンティティが流動的でダイナミックなら、それを構成する社会的サークルも流動的でダイナミックであるはずだ。ジンメルが強調するように、新しい社会集団は絶えず形成され、古いものは衰退する。彼が強調する3つの例は、当時としてはまだ新しい、労働者の一般的な利益を代表する産業横断的な産業労働組合の形成と、当時ちょうど出現してきたフェミニスト協会、そして産業をまたがる雇用主の利益団体だった。このような新しいサークルを形成する重要な経路は、この新しいグループが互いを知り、理解し、広い社会全体とは共有していないものを共有できる場所(労働者会館など)や出版物(労働者新聞など)の設立だった。こうした絆は秘密によって強化され、共有された秘密によって独特のアイデンティティと文化が生まれ、また部外者にはわからない形で共通の利益の調整も可能になった[17]。共有されながらも隠された知識を開発することで、出現しつつあった社会集団は集合的エージェントとして機能できるようになるのだ。
ジョン・デューイ(「2–1玉山からの眺め」で登場)は、その政治哲学を定義した1927年の著作『公衆とその諸問題』で、こうした「創発的公衆」と彼が呼んだものの政治的意味と力学を考察した[18]。デューイの見解は、中国から帰国後に進歩主義運動の「民主主義」派のリーダーとして行った、左派テクノクラートのウォルター・リップマンとの一連の討論を通じて生まれたものだ。デューイはリップマンの1922年の著書『世論』を「現在考えられている民主主義に対する最も効果的な告発」と見なしたのだった[19]。この討論でデューイは、複雑でダイナミックな世界には既存の制度はふさわしくない、というリップマンの批判を完全に受け入れつつ、それでも民主主義を救おうとした。
デューイは社会のダイナミズムに貢献するさまざまな力を指摘したが、特に技術の役割にはっきり注目した。技術こそが新しい形の相互依存を生み出し、さらに新しい公衆の必要性をつくり出すのだ、という。鉄道は、それまで会ったこともない人々を、商業的にも社会的にも結びつけた。ラジオは何千キロも離れた場所に、共通の政治的理解と行動を生み出す。産業による公害は河川や都市の空気に影響を及ぼしていた。これらすべての技術は研究から生まれ、その恩恵は地域や国の境界をまったく無視して広がる。このような相互依存から生じる社会的課題(鉄道料金、安全基準、病気の蔓延、希少な無線周波数へのアクセスの公平性など)は、資本主義市場でも既存の「民主的な」統治構造でも、うまく管理されていない。
市場が失敗する理由は、こうした技術が市場支配力、広範な外部性(「ネットワーク外部性」など)を生み出し、もっと一般的には「スーパーモジュラリティ」(または「収穫逓増てい ぞう」)を示し、全体(鉄道網など)が各部分の合計よりも大きくなるためである(「5–7社会市場」を参照)。資本主義企業は関連する「スピルオーバー」をすべて計算に入れるわけにはいかないが、計算できる部分は活用して市場支配力を蓄積し、価格を引き上げ、参加者を排除しようとするので、収穫逓増によって生み出された価値は潰されてしまう。つまりこれらの相互依存性を「市場に」任せると、こうしたリスクと損害が悪化し、収穫逓増が持つ可能性を活用できなくなる。
デューイは民主主義を自身のキャリアにおける最も基本的な原則として尊重していた。文章のほとんどの段落で、彼は最後に民主主義に立ち戻っている。彼は、民主的な行動が市場の失敗に対処できると固く信じていた。それでも彼は既存の「民主的」制度の限界を、資本主義の限界と同じくらい厳しい目で見ていた。彼の見立てでは、既存の民主的制度は技術の生み出す新たな課題について真に民主的ではないことが問題だった。
特に、制度が「民主的」というのは、参加と投票があるだけではない。多くの寡頭政治も、そうした形式は持っているが、それはほとんどの市民を含まないものなので、民主的とは言えない。またデューイの考えでは、村の問題を全員参加の「民主主義」が直接仕切るというのも、民主的とは言えない。真の民主主義の核心は「関係した公衆」。つまり、問題となっている現象によって実際に生活が左右される人々の集合体がその課題を管理する、という発想なのだ。技術は絶えず新たな形の相互依存を生み出しており、それが既存の政治的境界と正確に一致することはほとんどない。だから真の民主主義には、新たな公衆が絶えず出現し、このため既存の行政範囲を作り直すことが必要となる。
さらに新しい形の相互依存は、ほとんどの人は日常生活で簡単には認識できない。だからデューイは「社会科学の専門家」と彼が呼んだ人々に、重要な役割があると考えた。それを「起業家」、「指導者」、「創業者」、「先駆者」、あるいは私たちの好きな表現として「鏡」と呼んでも、決して的外れではない。ジョージ・ワシントンの指導力が、米国が国家として、また彼の任期後に民主的に運命を選択しなければならない国家としての自認を助けたのと同様に、そうした鏡の役割は、新しい形の相互依存(労働者間の連帯、炭素から地球温暖化への連鎖など)を認識し、それを言葉と行動の両方で関係者に説明し、新しい公衆の結集を支えることだ。歴史的な例としては、労働組合の指導者、地方の電力協同組合の創設者、国連を設立した指導者たちがいる。この新生の公衆が理解され、認識され、新しい相互依存を管理する力を与えられると、ワシントンがマウント・バーノンに戻ったように、鏡の役割は消え去る。
このようにデューイの民主主義と創発的公衆の概念は、ジンメルの(非)個人的アイデンティティ哲学の鏡像であり、深く民主的だが通常の民主主義の概念に挑戦し、それを覆す。この概念における民主主義は、固定された国境を持つ国民国家の静的な代議制ではない。市場よりもダイナミックなプロセスであり、多様な起業的鏡によって主導されるのだ。そうした鏡となる人々は、未解決の社会的緊張の交差である自分自身の立場を利用して、社会制度を更新し、構想しなおす。ニュートン力学が、その根底にある量子的かつ相対的な現実の貧相な描写でしかないように、国民国家に基づく標準的な投票制度は、こうしたプロセスを貧相に表すものでしかない。真の民主主義は⿻であり、絶えず進化し続けなければならないのだ。
ノーバート・ウィーナーのサイバネティックス社会
こうした批判や考え方はどれも示唆に富むが、行動のはっきりした道筋は示してくれないし、さらなる科学的発展への道筋も教えてくれそうにない。社会組織の⿻的性質の理解は、社会組織の新しい形態の科学的エンジンになれるか? この命題をもとにノーバート・ウィーナーは現代の「サイバネティックス」という分野を生み出した。これはデジタル技術を説明する「サイバー」という用語すべての語源で、後に類似の研究につけられた「計算機科学」という名称もここから来ていると、多くの人は主張する。ウィーナーはサイバネティックスを「動物や機械のような複雑な系の制御とコミュニケーションの科学」と定義するが、おそらく最も広く受け入れられている意味は「ネットワークに対する、ネットワークによる、ネットワークのためのコミュニケーションと統括の科学」といったところだろうか[20]。この言葉は「多くの漕ぎ手からの入力で進行方向が決まる船」という、ギリシャの比喩から引き出されたものだ(訳注:ギリシア語の「舵を取る者」を意味する言葉をもとに造語された)。
ウィーナーの科学的研究は、ほぼすべて物理的、生物学的、情報的なシステムに焦点を当てており、臓器や機械が恒常性を獲得し維持する方法の調査、情報伝達経路の定量化、そしてそうした均衡を達成するときの、それらの役割などを扱う。個人的にも政治的にも、彼は平和主義者で、サイバネティックによる安定化と恒常性の創出の基本原則に適合しない資本主義を厳しく批判し、根本的に技術のより責任ある使用と展開とを主張した[21]。彼は、根本的な社会改革がなければ、自分の科学的研究が悪用されかねないと絶望し、『サイバネティックス』序文で次のように書く。「この新しい研究分野によってもたらされる、人間と社会のより良い理解の恩恵が、権力の集中(その存在条件そのものによって、常に最もろくでもない連中の手に集中する)に対する我々の偶発的な貢献に先回りして、それを上回るものとなることを期待する人々がいる。私は1947年にこれを書いているが、その希望は実に希薄だと言わざるを得ない」。だからウィーナーが、「この本に含まれる新しい考え方が、社会的に有効であることにかなりの期待」を寄せていた多くの社会科学者や改革者と親交を深めたのも無理はない。
しかし、彼はそうした信念を共有しつつも、そんな希望がおおむね「間違っている」と信じていた。彼はそうした計画が「必要」とは考えたが、「それが可能だ」とは信じられなかったのだ。彼の主張だと、量子物理学は素粒子レベルでの精度の不可能性を示しており、したがって科学の成功は、私たちが素粒子レベルをはるかに超えた水準で生きているという事実から生じたものだが、社会の中に私たちが存在しているという事実自体のため、同じ原理が社会科学を本質的に実行不可能にしてしまうのだ。だから彼はジョージ、ジンメル、デューイの研究を支える科学的基盤を提供したいと願いつつも、「そうしたものの可能性に対する過大な期待」には懐疑的だった。
これらの著者全員には、共通する考え方が多く見られる。社会は自然科学の各種現象よりもさらに大きな複雑さを示すことが多いという、社会の複雑性と階層性についての理解である。電子は通常、単一の原子または分子の周りを回り、細胞はひとつの生物の一部であり、惑星はひとつの恒星の周りを回るが、人間社会では、各個人、さらには各組織が複数の交差する大きな組織の一部であり、多くの場合、どの組織も他の組織の中に完全に包含されることはない。しかし、社会科学におけるこれらの進歩を、同じくらい高度な社会技術に変換するにはどうすればよいだろうか? これについて、次に検討しよう。
John Dewey, The Public and its Problems (New York: Holt Publishers, 1927): p. 81. 〔『公衆とその諸問題』ジョン・デューイ著, 阿部斉訳, みすず書房, 1969〕 ↩︎
Karl Polanyi, The Great Transformation (New York: Farrar & Rinehart, 1944).〔『[新訳]大転換 市場社会の形成と崩壊』カール・ポラニー著,野口建彦, 栖原学訳, 東洋経済新報社, 2009〕 ↩︎
Joseph Henrich, The WEIRDest People in the World How the West Became Psychologically Peculiar and Particularly Prosperous, (New York Macmillan, 2010). 〔『WEIRD「現代人」の奇妙な心理 経済的繁栄、民主制、個人主義の起源』ジョセフ・ヘンリック著, 今西康子訳, 白揚社, 2023〕 ↩︎
しかし留意すべきこととして,ユニバーサルな出生登録はごく最近の現象であり,初めて達成されたのは米国で,やっと1940年のことだった.アメリカでの全市民の社会保障番号登録が実現したのは,出生登録が行われる郡レベルの政府と協力して,連邦レベルで出生数調査が導入された1987年になってからのことでしかない. ↩︎
もちろん,限られた例外はあるが,多くの点でその限定ぶりは,むしろこれがいかに一般的な考え方かを裏付けている. 最も注目すべき2つの例は,「逓減比例」と「コンソシエーション主義」だ.多くの連邦制度(米国など)は,後で説明する逓減比例の原則を適用している.つまり,サブユニット(全国投票における州など)は小さければ小さいほど,その人口に対して過剰に代表されてしまうということである. 一部の国では,指定された社会グループ(宗教や政党など)が決まった方法での権力共有に同意するというコンソシエーション構造も採用されており,ひとつのグループの投票率が低下しても,そのグループの歴史的な権力の一部が保持される.しかし,これらの反例はごくわずかで珍しく,さらに通常は絶えず問題視されており,標準的な一人一票の方向に「改革」するよう政治的な圧力がかかっている. ↩︎
David Graeber and David Wengrow, The Dawn of Everything: A New History of Humanity, (New York: Farrar, Straus And Giroux, 2021).〔『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ著, 酒井隆史訳, 光文社, 2023〕 ↩︎
Andreas Anter, Max Weber’s Theory of the Modern State, (Palgrave Macmillan, 2014). ↩︎
Christopher William England, Land and Liberty: Henry George and the Crafting of Modern Liberalism (Baltimore, MD: Johns Hopkins University Press, 2023). ↩︎
Henry George, Progress and Poverty: An Inquiry into the Cause of Industrial Depressions and of Increase of Want with Increase of Wealth: The Remedy (New York: D. Appleton and Company, 1879) 〔『進歩と貧困』ヘンリー・ジョージ著, 長洲一二訳, 日本評論社, 1949〕 ↩︎
Mary Pilon, The Monopolists: Obsession, Fury and the Scandal Behind the World’s Favorite Board Game (New York: Bloomsbury, 2015). ↩︎
AnnaLee Saxenian, The New Argonauts: Regional Advantage in a Global Economy (Cambridge, MA: Harvard University Press, 2007). 〔『最新・経済地理学 グローバル経済と地域の優位性』アナリー・サクセニアン著, 酒井泰介 訳, 星野岳穂, 本山康之監訳, 日経BP社, 2008〕 ↩︎
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Georg\_Simmel.jpg ↩︎
eorg Simmel, Soziologie: Untersuchungen Über Die Formen Der Vergesellschaftung, Prague: e-artnow, 2017.〔『社会学 社会化の諸形式についての研究』ゲオルク・ジンメル 著, 居安正訳, 白水社, 1994〕 ↩︎
Miloš Broćić, and Daniel Silver, “The Influence of Simmel on American Sociology since 1975,” Annual Review of Sociology 47, no. 1 (July 31, 2021): 87–108, https://doi.org/10.1146/annurev-soc-090320-033647. ↩︎
Marshall Sahlins, Stone Age Economics (Chicago: Aldine-Atherton, 1972). 〔『石器時代の経済学』マーシャル・サーリンズ著, 山内昶訳, 法政大学出版局, 1984〕 ↩︎
Georg Simmel, “The Sociology of Secrecy and of Secret Societies,” American Journal of Sociology 11, no. 4 (January 1906): 441–98, https://doi.org/10.1086/211418. ↩︎
John Dewey, op. cit. ↩︎
Robert Westbrook, John Dewey and American Democracy (Ithaca, NY: Cornell University Press). ↩︎
Norbert Wiener, Cybernetics, Or Control and Communication in the Animal and the Machine (Paris: Hermann & Cie, 1948).〔『サイバネティックス 動物と機械における制御と通信』ノーバート・ウィーナー著, 池原止戈夫, 弥永昌吉, 室賀三郎共訳, 岩波書店, 1957〕 ↩︎
Norbert Wiener, Human Use of Human Beings (Boston: Houghton Mifflin, 1950).〔『人間機械論 人間の人間的な利用』ノーバート・ウィーナー著, 鎮目恭夫, 池原止戈夫訳, みすず書房, 1979〕 ↩︎