没入型共有現実(ISR)

没入型共有現実技術(ISR)は、最先端の仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)システムを活用して、人間の相互作用の新たな章を開く。こうした技術は、深く共有された価値重視の多感覚的な体験を、どこででも提供し、連帯とコミュニティ感覚を育む。ここでは、没入型技術の見通し、応用、可能性を検討しつつ、それをもっと広いデジタル・物理的な交流の中に位置づける。この部分では、物理的、仮想的、集合的な体験の統合を促進する没入型共有現実(ISR)に注目する。こうした技術が従来の社会的、空間的な制約を超えて、交流を促進する様子を見るだけでなく、こうした技術が環境や気候的な取り組みにも貢献し、持続可能で気候耐性の強い共有現実を作り出す様子を見よう。

今日のISR

ISRは、ユーザーがリアルタイムで交流できるような共有バーチャル環境を作る技術利用を指す。この種の「現実」は「媒介現実」の応用と見なせる。これは、1990年代にスティーブ・マンが考案した用語だ。「媒介現実」はもっと意味が広く、現実の知覚を媒介できる各種の技術を指す。たとえば仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)などがここに含まれる。その最も一般的な応用としては、ゲーム、エンターテインメント、アート、医療、教育などがあるが、通常は没入型共有現実だ。

今日のISRは、エンターテインメント、アート、コラボレーションの活発な組み合わせとなっている。バーチャルコンサート、オンラインのマルチプレイヤーゲーム、リモートのチーム構築やバーチャル旅行などがある。ビリー・アイリッシュのようなアーティストは、すでにバーチャルコンサートを開いて、観客を音楽のパルスのどまんなかに引き込んでいる。コーチェラのような音楽フェスティバルは、物理的な会場で起こる、売り切れなどの制約を受けないVRの恩恵を活用している。この共有体験は、オンラインのマルチプレイヤーゲームのように、プレイヤーが競争するだけでなく、友情を育み、バーチャルとリアルの境界を打ち破れることもある。VR技術を使ってリモートのチーム構築を行うと、海をはさんだ同僚が共有デジタル空間の中でチームメイトになることができ、チーム精神や友情を育める。バーチャル旅行を使えば、旅行者は自宅にいながらにして遠くの習俗を体験し、歴史的な町を散策して、エキゾチックな風景を楽しめる。

だがこうしたプラットフォームは娯楽の提供にとどまらず、文化、距離を超えた共通の理解と共感の場を作り出し、遠く離れた人々の間に感情的なつながりと認識を生み出す。たとえば言語学習アプリは、ユーザーが他人の言語や文化に入り込めるようにしてくれるし、VRセラピーは、精神面の課題を抱えた人々にセラピーと安心を提供できる。どの例も、ISRが娯楽ともっと深い社会的つながりをどのように組み合わせることができるかのユニークな側面を示している。こうした技術が成熟すれば、現実をシミュレートするだけでなく、それを補い、文化の橋渡しを行い、グローバルコミュニティの間に出自や言語を問わない共通体験や相互理解を促進できる。

Venn diagram with four overlapping circles labeled "Virtual Reality", "Augmented Reality", "Mixed Reality," and "Modulated Reality." A larger circle encompasses these, labeled "Mediated Reality."

図 5-2-A 媒介現実のフレームワーク、Mann and Nnlf (1994)に基づく



出典:Wikipedia、CC 3.0 BY-SA, Author: Glogger[1]

明日の没入型共有現実

生まれつつある新技術を使えば、ISR体験は深まり、複数の感覚を同時にシミュレートする合成世界にユーザーを包摂することで、没入体験をもたらして、人間の交流を刷新する。視覚と聴覚が従来の焦点だったが、触覚、嗅覚、さらには味覚の統合も進み、ISRを深めてくれそうだ。ISRの可能性を見ると、多感覚の統合はもはや当然のものになりそうだ。新しいセンサーとアクチュエーターで、五感すべてを再現どころか拡張できるようになり、ISR体験はさらに深まるだろう。

音と視覚のインターフェースがデジタル領域では先駆的に取り組まれてきたが、いまやそれが触覚にも広がっている。先進的な触覚フィードバックシステムは、物理的な接触のニュアンスを再現できる。嗅覚は、かつてはデジタル領域では手の届かないものとされたが、いまや技術的に可能となり、香りや匂いがVRの物語や教育、小売り体験の一部にすらなりつつある。味覚もまだ萌芽期ながら、すでに味覚誘導技術により発展を遂げている。これは食べる前に口の中に化学的な改変物質を入れることで味の知覚を変える[2]。これは、食事が共有バーチャルアドベンチャーとなる未来を示唆するものだ。

多感覚の増幅は、拡張だけでなくもっと重要な目的でも使える。それは、没入空間における包摂的な平等性を促進することだ。たとえば、ハイパーリアルなソーシャルVRプラットフォームは、アクセシビリティを考慮して設計できる。視覚・聴覚障害者は他の感覚を通じて参加できるようになる。バーチャルな集会場所は、遠くにいる人が同じ部屋にいるかのように会話できる設計となっている。たとえばポータル警察プロジェクト(Portals Policing Projectは、統制されたリアルな仮想チャンバー内で、人々が警察などから受けた実体験を共有し、双方の理解と信頼を向上させる[3]。公共インターネットサービスの好例と言えるだろう。同様にTreeプロジェクトは、ユーザーを熱帯雨林の木に変えて森林破壊や気候変動の脅威を体験させる。これはVRを使って自然環境への共感と思いやりを呼び起こす一例だ[4]

没入型共有現実のフロンティア

ISRの最前線では、私たちは単なる傍観者ではなく、多感覚統合の革命の積極的な参加者となる[5]。媒介現実の技術が進歩し、これまで使われなかった嗅覚や味覚などをもっと高度でコントロールのきいた形で使えるようになれば、仮想空間で感覚パターンが再現され、導入方法も高度化する。こうした嗅覚や触覚刺激の慎重な操作と、視聴覚を組み合わせることで、説得力のある幻覚的な現実を作り出し、参加者の感情や記憶に深く共鳴できる。このような刺激は、睡眠中に再活性化されると、これらの記憶を強化するだけでなく[6]、意識の変化した状態[7]や明晰夢の共有[8]も促進する。

こうした感覚統合の重要性は、ISRのもっと大きな重要性も示すものだ─逃避ではなく、現実の拡張を作り出し、気候変動などの重要な世界問題に対するユーザーの理解と取り組みを高めることができるのだ。仮想環境では、気候変動の厳しい現実、たとえば海面上昇や異常気象の影響などをシミュレーションして、身近でない概念を即時に個人的な体験にできる。これは恐怖を煽る戦術ではなく、人々を感情的、認知的に引き込む教育ツールであり、人間行動の環境的な影響をもっと深く理解させるものだ。特に、そうした現実の中でアフェクティブコンピューティングを活用すると強力になる。システムはユーザーの反応、生理機能、記憶や好みに基づいて環境を適応させ、気候問題についての認識と共感を高めるフィードバックループを作成できるのだ。

こうしたISR体験は、環境運動やコミュニティ構築活動にとっても可能性を持つ。バーチャルデザインスタジオではコミュニティのメンバー、建築家、エンジニアが集まり、未来の緑地を共同で創造する。これは単なる「計画」にとどまらない。参加者は実際の種が植えられるより先に、環境を感じて共感できる。植栽予定の木の樹皮にバーチャルに触れ、庭園に植える予定の香りのよい花の匂いを吸い込める。参加者のフィードバックにより、シミュレーションをリアルタイムで変更できるため、コミュニティのビジョンは詳細な3Dモデルになるだけでなく、ISR内の大規模3D印刷を通じて現実のものとなる。このプロセスは循環経済の原理を活用している。使った物質は、無駄を作り出すことなく、調達され、活用され、最後は大地に戻されるのだ。住宅や地域施設の3D印刷は、従来の建設手法とはまったく違うものとなる。

ISRでの会話に基づく緻密なデジタル図面をもとに、自動プリンタがバイオ素材を重ねて壁や建築の各種部分を従来のモデルでは及びもつかない速度で作り出す。このプロセスは建設廃材を大幅に減らし、従来の建設技法では困難か不可能な、複雑で有機的な設計も可能にする。未来の住民の集合的な想像力からコミュニティを「印刷」するという発想は、もはや空想にとどまるものではない。

ISRは、バーチャル環境で住民が自分の居住空間を共創できる強力なデザインツールでもある。こうした世界は共有体験、集合的な記憶の形成に貢献し、この新興技術を、前節のポスト表象コミュニケーションの新時代に組み込むことになるのだ。

没入型共有現実の限界

ISRの可能性は大きいが、明確な倫理的懸念や社会的課題もある。バーチャル現実逃避、現実世界の活動の低下、現実世界の責任や人間関係の放棄などだ。仮想体験と物理的体験の区別がつかなくなれば、中毒や、現実生活のニーズ軽視の危険も生じる。こうしたデジタル領域の魅力が高まれば、現実世界の課題に対処する能力も低下しかねない。

こうした問題を解決するためには、バーチャルコミュニティの構造に、倫理的、民主的な原理を慎重に埋め込む必要がある。他の部分で触れた洞察をもとに、参加型統治システム(たとえば民主的な投票の仕組み)を仮想環境に入れることが有望だろう。このシステムでは、みんなが地に足のついた存在となり、説明責任を果たし、仮想空間と現実責任の役割や責任のバランスを維持するようにする。活発な市民活動と責任ある当事者意識をこうしたプラットフォームで育てれば、活発な社会の基盤となる⿻性と多様性も守られるのだ。


  1. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Viraugmixmodmediated\_reality.png ↩︎

  2. Jas Brooks, Noor Amin, and Pedro Lopes, “Taste Retargeting via Chemical Taste Modulators,” In Proceedings of the 36th Annual ACM Symposium on User Interface Software and Technology (UIST ’23), Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 106, (2023): 1–15, https://doi.org/10.1145/3586183.3606818. ↩︎

  3. “Portals Policing Project,” The Justice Collaboratory, n.d., https://www.justicehappenshere.yale.edu/projects/portals-policing-project. ↩︎

  4. https://www.treeofficial.com ↩︎

  5. Patricia Cornelio, Carlos Velasco, and Marianna Obrist, “Multisensory Integration as per Technological Advances: A Review,” Frontiers in Neuroscience (2021): 614. ↩︎

  6. Judith Fernandez, Nirmita Merha, Bjoern Rasch, and Pattie Maes, “Olfactory Wearables for Mobile Targeted Memory Reactivation,” Proceedings of the 2023 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, Hamburg, Germany, Article 717, (2023): 1–20, https://dl.acm.org/doi/proceedings/10.1145/3544548. ↩︎

  7. Michelle Carra, Adam Haarb, Judith Amoresb, Pedro Lopesc, et al., “Dream Engineering: Simulating Worlds through Sensory Stimulation,” Consciousness and Cognition 83 (2020): https://doi.org/10.1016/j.concog.2020.102955. ↩︎

  8. Karen Konkoly, Kristoffer Appel, Emma ChabaniKonkoly et al., Real-time dialogue between experimenters and dreamers during REM sleep, Current Biology 32, 7 (2021): https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.01.026. ↩︎