プルラリティ · 3-1
⿻世界に生きる
最近まで、私が考える文明の最大のメリットは(中略)、芸術家、詩人、哲学者、科学者の誕生を可能にしたことだった。しかしいまや、これは最も偉大なことではないと思う。いま、私が最も偉大なことだと信じているのは、私たち全員に直接関係する問題だ。私たちは生きることよりも、生活手段にあまりにも気をとられすぎだといわれるとき、私はこう答える。文明の最大の価値は、生活手段をもっと複雑にすること、つまり、人々が衣食住を持ち、あちこちに移動できるように、単純で無秩序な知的努力ではなく、大きく統合された知的努力が必要となることなのだ。なぜなら、複雑で集中的な知的努力は、充実した豊かな生活を意味するからだ。それは、生をもっと増やすことなのだ。生はそれ自体が目的であり、生きる価値があるかどうかというのは、生が十分にあるかどうかが唯一の問題なのだ。
─オリバー・ウェンデル・ホームズ、1900[1]
原子は現実の独立した要素なのだろうか? いや(中略)量子論が示すように、原子は(中略)他の世界との相互作用で定義される。(中略)量子物理学とは、現実のこのあらゆる場所にある関係構造がずっと下の水準まで続いているという認識にすぎないのかもしれない。現実は物の集まりではなく、プロセスのネットワークなのだ。
─カルロ・ロヴェッリ、2022[2]
技術は科学に従う。⿻を世界の可能性を示すビジョンとして理解したいなら、まずは世界の現状を見る視点として⿻を理解すべきである。テクノクラートとリバタリアンの視点は科学、つまり前節で説明した一元論的アトム主義に根ざしている。つまり、基本的な原子の集合に作用する普遍的な法則の理解こそ、世界を理解する最良の方法なのだという信念である。
テクノクラシーは、昔から科学と合理性によって正当化されてきた。1900年代初頭に人気を博した科学的管理法(別名テイラー主義)では、社会システムを単純な数学モデルで表現し、それを検討する手段として論理と理性を使うことで正当化された。建築におけるハイモダニズムも、やはり幾何学の美しさからインスピレーションを得ている[3]。リバタリアニズムも物理学などの科学をかなり援用している。粒子が「最小作用の経路を取り」、進化が適応度を最大化するように、経済主体は「効用を最大化」するというわけだ。人間社会から星の動きに至るまで、世界のあらゆる現象は、一元論的アトム主義の見方では、最終的にはこれらの法則に還元できる。
これらのアプローチは大成功を収めた。ニュートン力学はさまざまな現象を説明し、産業革命の技術にひらめきを与えた。ダーウィニズムは現代生物学の基盤だ。経済学は社会科学の中で公共政策に最も大きな影響を与えてきた。そして、チャーチ=チューリングの「汎用計算」ビジョンは、今日きわめて広く使用されている汎用コンピュータのアイデアの元となった。
しかし20世紀は、一元論的アトム主義の限界を超えれば、どれほどの進歩が可能かを教えてくれた。ゲーデルの不完全性定理は数学の統一性と完全性を揺るがし、さまざまな非ユークリッド幾何学が、いまや科学にとってきわめて重要になっている[4]。共生、生態学、拡張進化統合は、中心的な生物学的パラダイムとしての「適者生存」を揺るがし、環境科学の時代を先導した。神経科学は、ネットワークと創発的能力を中心に見直され、現代のニューラルネットワークを生み出した。これらすべてに共通するのは、一種類しかない原子的なものに普遍的な一連の法則を適用するのではなく、複雑性、創発、多層組織、多方向の因果関係に焦点を当てていることだ。
⿻の社会システムに対するアプローチも同じだ。企業はグローバルな競争というゲームに参加しているが、同時にそのゲームは、従業員、株主、経営陣、顧客が参加するゲームでもある。そこから生じる結果が、みんなの好みと一貫性を持つとは考えにくい。さらに、多くのゲームは交差している。企業の従業員は、企業だけでなく、彼らが外部の世界と結ぶ他の関係(政治、社会、宗教、民族など)からもいろいろと影響を受ける。国もまた、企業、宗教などが交差するゲームでありプレイヤーであり、国同士の行動と国内の行動とはきれいに切り離せない。この本の執筆自体も、まさにさまざまな方法でこれらの複雑な組み合わせとなっている。
このように、⿻は20世紀の自然科学と大いに似ている。これらの影響と類似点を、過度に厳密さや普遍性にとらわれることなく挙げてみると、インスピレーションと再構成の先にある魅力的な道が少し見えてくる。リバタリアニズムとテクノクラシーはイデオロギー的な戯画だとも言えるが、科学的な観点から見ると、複雑性に対するありがちな脅威でもある。
本質的にあらゆる複雑系は、流体の流れから生態系の発達、脳の機能に至るまで、「混沌とした」状態(活動が本質的にランダム)と「秩序立った」状態(パターンが静的で固定)の両方を示す。ほとんどの場合、どの状態が発生するかを決定する何らかのパラメータ(熱や突然変異率など)があり、その値が高いと混沌が、値が低いと秩序が起こる。パラメータがこれらの状態間の遷移の「臨界値」に非常に近い場合、つまり複雑系理論家が「カオスの縁」と呼ぶものになると、複雑な動作が発生し、予測不可能に発展する生命のような構造が形成される。この構造は、混沌でも秩序でもなく、むしろ複雑なのだ[5]。これは中央集権と反社会、テクノクラートとリバタリアンの脅威の間の「狭い回廊」という「2–0ITと民主主義 拡大する溝」で強調した考え方と密接に対応している。
このように、⿻は、この狭い回廊に向かって進み、それを広げることがきわめて重要だということを科学から学べる。これは、複雑系科学者が「自己組織化する臨界性」と呼ぶプロセスである。このプロセスを学べば、多くの科学の知恵を活用し、特定のアナロジーに過度にとらわれないようにできる。
数学
19世紀の数学では形式主義が台頭した。形式主義とは、矛盾や間違いを避けるために、使用する数学的構造の定義と特性を正確かつ厳密にすることである。20世紀初頭には、数学が「解決」され、あらゆる数学的命題の真偽を判断するための厳密なアルゴリズムさえ得られるのではないかという希望があった[6]。一方、20世紀の数学は、複雑性と不確実性の爆発的な増加が特徴だった。
・ゲーデルの不完全性定理:20世紀初頭の多くの数学的な成果、中でも特筆すべきものとしてゲーデルの不完全性定理は、数学の主要部分には完全に解けない、根本的で還元不能な部分があることを示した。同様に、アロンゾ・チャーチは一部の数学問題が計算プロセスだけでは「決定不能」だと証明した[7]。これはあらゆる数学を基本公理に基づく計算に還元するという夢を潰した。
・計算複雑性:還元主義が原理的/理論的には可能な場合ですら、構成要素に基づいて高次の現象を予測するのに必要な計算量(計算複雑性)があまりに多すぎて、現実的に実行できないこともある。必要な計算量が、そうした還元から得られる理解を通じて回収できるよりも、はるかに多くのリソースを消費してしまうのだ。多くの現実世界におけるユースケースでは、この状況はおなじみの計算複雑性問題となる。これは「最適な」アルゴリズムによる処理にかかる時間が、問題の規模とともに指数関数的に増えてしまうために実用にならず、ほぼ常に経験則を使うしかないというものだ。
・感度、カオス、還元不能の不確実性:比較的単純な系でさえ、「カオス」な挙動を示すものも多い。初期条件のわずかな変化が、長い時間が経過した後の最終的な挙動に劇的な変化をもたらす場合、この系はカオスだと呼ばれる。最も有名な例は天候系で、蝶が羽ばたくことで数週間後に地球の反対側での台風発生を左右するといわれる[8]。このようなカオス効果がある場合、還元により予測しようとすると、達成不可能なほどの精度が必要となる。さらに悪いことに、実現可能な精度は「不確定性原理」により厳しく制限されてしまうことも多い。これは、精密機器がしばしば系に干渉し、前述の敏感さにより大きな変化を引き起こす可能性があるからだ。
・フラクタル:多くの数学構造は、まったく違うスケールでも似たようなパターンを示す。その好例がマンデルブロ集合で、たとえば複素数を二乗し同じオフセットを足すことを繰り返すことで生成される。これらは、構造をアトム的な構成成分に分解すると、その本質的なマルチスケール構造が明らかになるどころか、むしろ不明瞭になる可能性を示している。
出典:Wikipedia, CC 3.0 BY-SA, Created by Wolfgang Beyer[9]
・数学における関係性:数学では、違う分野が相互に関連していることが多く、ひとつの分野の洞察を別の分野に適用できる。たとえば、代数構造は数学の多くの分野に遍在しており、数学的な対象間の関係を表現および検討するための言語を提供している。代数幾何学の研究は、これらの構造を幾何学に結びつける。さらに、位相幾何学の研究は、形状とその特性の関係理解に基づいている。多様性と相互接続性の混合こそが、現代数学の特徴だと言える。
物理学
1897年、ケルヴィン卿(ウィリアム・トムソン)は「いまや物理学で発見すべき新しいものは何も残っていない」と宣言して悪名を馳せた。実際には、20世紀はこの分野の歴史上、最も肥沃で革命的な1世紀だった。
・アインシュタインの相対性理論は、大規模または高速の物理世界を理解するときに、ユークリッド幾何学や衝突するビリヤードボールのニュートン力学の単純性をひっくり返した。物体が光速にかなり近い速度で運動するとき、そのふるまいを記述するにはまったく違うルールが登場するのだ。
・量子力学とひも理論も同様に、微小なスケールだと古典物理では不十分であると示した。ベルの不等式は、量子物理学は確率理論と隠れた情報理論のため、完全に記述すらできないのだと、はっきり実証してしまった。ある粒子は、同時に2つの状態の組み合わせ(または「重ね合わせ」)となれる。その2つの状態が互いに相殺し合うのだ。
・ハイゼンベルクの不確定性原理は右で述べたように、ある素粒子の速度と位置を計測するときの精度に、厳格な上限を設ける。
・三体問題は、いまや劉慈欣のSFシリーズで中心的な役割を果たしたことで有名だが、簡単なニュートン物理学の下にあるたった3つの物体の相互作用ですら、あまりにカオス的で、そのふるまいを単純な数学問題では予想できない。それでも、「温度」や「圧力」といった17世紀の抽象概念を使えば、日常に使用するには十分な程度に、兆単位の物体の問題を解くことができる。
20世紀物理学の革命の最も顕著で一貫した特徴は、固定された客観的な外部世界という仮定を覆した点かもしれない。相対性理論は、時間、空間、加速度、さらには重力が、根底にある現実の絶対的な特徴ではなく、物体間の関係の関数だと示した。量子物理学はさらに進んで、これらの相対的な関係も観測されるまで固定されず、したがって根本的には物体ではなく相互作用であることを示した[10]。このように現代科学は、違ったスケールでの物理世界のさまざまな側面を理解するために、異なる分野を混ぜ合わせたり組み合わせたりすることが多い。
物理的現実に関するこの豊かで⿻な理解の応用こそが、20世紀の栄光と悲劇の核心である。大国は原子の力を利用して世界情勢を形成した。グローバル企業は量子物理学の理解を活用して、かつてないほど小型の電子機器を顧客の手の中に詰め込み、空前の通信と情報処理を可能にした。何百万もの家庭による木材や石炭の燃焼は、世界中に散在する極小のセンサーから得られる情報によれば、生態系の破壊、政治的紛争、そして世界規模の社会運動の原因となっている。
生物学
19世紀のマクロ生物学(高度な生物とその相互作用に関するもの)の決定的な考え方は「自然選択」だったが、20世紀の決定的な思想は「生態系」だった。自然選択が希少な資源を前にした「ダーウィンの」生存競争を強調したのに対し、生態系の観点(「拡張進化的総合」の考え方と密接に関連)は以下を強調する。
・モデルの予測可能性の限界:還元主義的な概念だと、動物行動の有効なモデルを構築する能力に限界があることが次々にわかってきた。たとえば行動主義、神経科学などは限界を迎えている。これは計算複雑性の実例だ。
・生命体と生態系の類似性:多様な生物の多く(「生態系」)が多細胞生物に似た特徴(恒常性、内部構成要素の破壊や過剰増殖に対する脆弱性など)を示し、創発性とマルチスケールな組織化を示すことがわかった。実際、多くの高次生命体は、そうした生態系と切り離せない(たとえば、単細胞生物間の協力としての多細胞生物、または個々の昆虫とアリのような「真社会性」生物)。これらの生物の進化が持つ独特の特性として、こうしたさまざまなレベルで突然変異と選択が発生し、マルチスケールな組織化が生じる[11]。
・種間相互作用の多様性は、伝統的な競争や捕食者と被捕食者との関係だけではない。そこには生物が他の生物が提供するサービスに依存し、その見返りに他の生物の維持を助けるという、各種の「相利共生」も含まれる。これは生物種同士の絡み合いや関係性を示す[12]。
・エピジェネティクス:遺伝が符号化しているのは、生物行動の一部だけであり、「エピジェネティクス」などの環境特性が進化と適応に重要な役割を果たしていることがわかっている。分子生物学でも独自の多レベルかつ多次元的な因果関係が示されている。
この変化は、単なる科学理論の問題ではない。20世紀における人間の行動と自然との関わりで、最も重要な変化のいくつかが、ここから生まれた。特に、環境保護運動と、それが生み出した生態系、生物多様性、オゾン層、気候を保護するための取り組みはすべて、この「生態学(エコロジー)」という科学から生まれ、この科学に大きく依存しているので、この運動自体がしばしば「エコロジー」と呼ばれるほどだ。
神経科学
現代の神経科学は、カミロ・ゴルジ、サンティアゴ・ラモン・イ・カハールらが、脳の基本的な機能単位として、ニューロンとその電気的活性化を分離した19世紀後半に始まった。この分析は、神経伝達の電気的理論を構築し、動物でそれを試験したアラン・ホジキンとアンドリュー・ハクスリーの研究によって、明確な物理モデルへと磨き上げられた。しかし最近では一連の発見のおかげで、カオスと複雑性の理論が脳の機能の中核に据えられるに至ったのだ。
・脳機能の分布:数学モデル、脳画像、単一ニューロン活性化実験から、多くの、いやほとんどの脳機能が各種脳領域に分布していることが示された。脳機能は物理的に局所化しているのではなく、主に相互作用のパターンから創発してきているらしい。
・接続のヘッブモデルは、ニューロンが繰り返し共発火することで接続が強化される。これは科学における「関係性」思想の最もエレガントな例だろう。これは人間関係の発達についてみんなが想像するものときわめて似ている。
・人工ニューラルネットワークの研究:すでに1950年代初頭には、フランク・ローゼンブラットを皮切りに多くの研究者たちが、脳について初の「人工ニューラルネットワーク」モデルを構築した。ニューラルネットワークは、最近の「人工知能」の進歩の基盤となっている。入力の線形な組み合わせにより、ある閾値いき ちを超えることで引き起こされるニューロン活性化という仕組みを手本にしたネットワークが作られている。このかなり単純な原理で動く、何兆ものノードを持つネットワークこそが、言語モデルのBERTやGPTなどの屋台骨となる。
科学から社会へ
⿻は、科学的には人間社会についての理解に類似の視点を応用する。そして技術的には、⿻科学に基づく物理技術の構造と同様に、そうした構造を説明できて、しかもその構造自体と類似した、公式の情報ガバナンスシステムを構築しようとする。このビジョンが最も明解に現れたのは、ネットワーク社会学の主導的な人物マーク・グラノヴェッターの業績だろう[13]。そこには基本的な個別アトムはない。個人のアイデンティティは根本的に、社会関係とのつながりから生まれるのだ。また固定された単一の集合体はおろか、集合体の集まりすらそこには見られない。社会集団は絶えずシフトし必然的に再編される。人々の多様性と、彼らがつくり出す社会集団の多様性の間に見られる、こうした双方向的な均衡こそが⿻社会科学の本質なのだ。
さらにそうした社会集団は、さまざまな交差する非階層的な規模で存在する。家族、クラブ、町、地域、さまざまな規模の宗教団体、さまざまな規模の企業、人口統計上のアイデンティティ(ジェンダー、性的アイデンティティ、人種、民族など)、教育と学術訓練、その他多くのものが共存し、交差している。たとえば、世界のカトリックの観点から見ると、米国は重要ながら「少数派」の国であり、米国に住むカトリック教徒は全体の約6%にすぎない。しかし米国の観点から見ると、カトリックについても同じことが言え、アメリカ人の約23%がカトリック教徒なのだ[14]。
詳述する紙幅はないが、この見方の説得力について定量的かつ社会科学的な証拠を提供する文献は多い[15]。産業ダイナミクス、社会行動心理学、経済開発、組織の凝集性などの多くの研究で、多様性を生み出し活用する社会的関係が中心的な役割を持つことが示されている[16]。ここではむしろ、おそらく最も驚くべき、そして右記の科学的テーマに最も関連のある例をひとつだけ取り上げよう。科学的知識自体の進化だ。
成長を続ける学際分野「メタサイエンス」では、科学者とアイデアのネットワークから複雑なシステムとして科学的知識が生まれる様子を研究している[17]。この分野では、科学分野の出現と増殖、科学の目新しさと進歩の源、科学者が選択する探究戦略、社会構造が知的進歩に与える影響などが図解されている。とりわけ、科学的探究は、その分野内で頻繁に議論され、科学者間の社会的および組織的なつながりで重視されるトピックに偏っており、それが科学的知識の発見プロセスの効率を低下させることが示された[18]。さらに、手法が多様で、参照する既存文献の範囲が広く、独立性が高く重複しないチームで構成された分散型の科学コミュニティは、より信頼性の高い科学的知識を生み出す傾向があることもわかった。対照的に、共同研究を繰り返し、以前の研究からの限られた範囲のアプローチに制約されている中央集権型のコミュニティは、信頼性の低い結果を生み出しやすい[19]。[20]また、研究チームの規模と階層構造と、開発された発見の種類(リスクのある革命的な科学と通常の科学)との間に強いつながりがあることがわかり、現代科学においてチーム(個人の研究ではなく)がますます支配的な役割を果たしていることが示された[21]。最大のイノベーションは、既存の分野にしっかりと根ざしつつ、それを通常とは異なる意外な組み合わせで展開することで生まれやすい[22]が[23]、[24]科学で使用されるインセンティブ構造のほとんど(たとえば、論文の掲載誌の品質や引用数に基づくもの)は、科学的創造性を制限する歪んだインセンティブを生み出すという。これらの発見により、科学コミュニティでは、イノベーションに報い、これらの偏りを相殺し、より⿻なインセンティブセットを作成できる新しい指標が開発されている[25]。
科学における⿻を直接的に説明し、強化する科学政策研究は、既存の知識の厳密さと新しい洞察の発見という両方の面で利点があることが実証されている。異質なコミュニティが異なるアプローチで既存の主張を検証すると、視点が独立しているので、その発見は反論や修正に対して堅牢さを増す。さらに、きわめて⿻な科学ベンチャーに見られる多様性をシミュレートして⿻原則に基づく分析モデルを構築すると、通常の人文科学を超える発見が得られる。
したがって、科学の実践自体を理解するうえでも、社会組織の多くの交差するレベルに根ざした⿻的な視点が重要となる。科学についての科学で見出された、破壊的で革新的な知識の出現の原動力に関する知見は、特許やGitHubのソフトウェアプロジェクトなど、他の創造的なコラボレーションコミュニティでも再現されており、科学の⿻的な見通しがあらゆる種類の科学技術の進歩を超越できることを明らかにしている。
未来の**⿻**?
それなのに、先ほど論じた未来についてのテクノクラート的およびリバタリアン的なビジョンの想定は、こうした⿻な基盤とまったく乖離したものとなっている。
前章で論じたテクノクラートのビジョンでは、既存の行政システムの「乱雑さ」は、大規模で統一された、合理的で科学的、人工知能的な計画システムに置き換えられる。地域性と社会の多様性を超越したこの統合エージェントは、社会の分裂や違いを超越し、あらゆる経済的および社会的問題に「偏りのない」答えを与えるものなのだという。だからこのエージェントは、社会的多様性と異質性を、促進し活用するどころか、せいぜい覆い隠し、最悪の場合にはそれを消去しようとする。⿻的社会科学から見れば、その多様性や異質性こそが、関心、関与、価値の対象そのものを定義するというのに。
リバタリアンのビジョンでは、アトム的個人(またはいくつかのバージョンでは、均質で緊密に連携した個人のグループ)の独立主権こそ最も重要な狙いとなる。社会関係は、「顧客」、「退出」、その他の資本主義の力学に基づき理解すべきだとされる。民主主義や多様性に対処する手段は、利害関係のすり合わせが不十分で自由を達成できないシステムだけに必要な、失敗のモードと見なされる。
しかし、これらが進むべき唯一の道であるはずがない。⿻科学は、世界に対する⿻な理解を活用して物理的な技術を構築することがいかに強力かを示している。人間社会に対する同様の理解に基づいて構築した社会と情報技術を構築したらどれほど強力になることだろうか。幸いなことに、20世紀には、哲学的および社会科学的な基盤から、技術的表現の始まりに至るまで、そのようなビジョンが系統的に発展した。
Harper’s Magazine. “Holmes – Life as Art,” May 2, 2009. https://harpers.org/2009/05/holmes-life-as-art/. ↩︎
Carlo Rovelli, “The Big Idea: Why Relationships Are the Key to Existence.” The Guardian, September 5, 2022, sec. Books. https://www.theguardian.com/books/2022/sep/05/the-big-idea-why-relationships-are-the-key-to-existence. ↩︎
James C. Scott, Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed (New Haven, CT: Yale University Press, 1999). ↩︎
Cris Moore and John Kaag, “The Uncertainty Principle”, The American Scholar March 2, 2020, https://theamericanscholar.org/the-uncertainty-principle/. ↩︎
M. Mitchell Waldrop, Complexity: The Emerging Science at the Edge of Order and Chaos (New York: Open Road Media, 2019).〔『複雑系』, M.ミッチェル・ワールドロップ著, 田中三彦, 遠山峻征訳, 新潮社, 1996〕 ↩︎
Alfred North Whitehead and Bertrand Russell, Principia Mathematica (Cambridge, UK: Cambridge University Press, 1910). ↩︎
Alonzo Church, “A note on the Entscheidungsproblem”, The Journal of Symbolic Logic 1, no. 1: 40-41. ↩︎
James Gleick, Chaos: Making a New Science (New York: Penguin, 2018). 〔『カオス』ジェイムズ・グリック著, 大貫昌子訳, 新潮社, 1991〕 ↩︎
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mandel\_zoom\_00\_mandelbrot\_set.jpg ↩︎
Carlo Rovelli, “Relational Quantum Mechanics”, International Journal of Theoretical Physics 35, 1996: 1637-1678. ↩︎
David Sloan Wilson and Edward O. Wilson, “Rethinking the Theoretical Foundation of Sociobiology” Quarterly Review of Biology 82, no. 4, 2007: 327-348. ↩︎
こうした発見は絶えず深く⿻社会思想と絡み合っており,「相利共生」がピエール・ヨセフ・プルードンなど初期のアナキスト思想家たちによりほとんど交換可能な形で使われていたことから,本書の著者のひとりグレン・ワイルが生物学的相利共生についての2本目の論文を発表し, 「5-7社会市場」の節で詳述する理論へとこれらの思想を発展させたのとほぼ交換可能なほどだ. Pierre-Joseph Proudhon, System of Economic Contradictions (1846). E. Glen Weyl,Megan E. Frederickson, Douglas W. Yu and Naomi E. Pierce, “Economic Contract Theory Tests Models of Mutualism” Proceedings of the National Academy of Sciences 107, no. 36, 2010: 15712-15716. ↩︎
Mark Granovetter, “Economic Action and Social Structure: The Problem of Embeddedness”, American Journal of Sociology 91, no. 3 (1985): 481-510. ↩︎
Pew Research Center, “The Global Catholic Population”, February 13, 2013 https://www.pewresearch.org/religion/2013/02/13/the-global-catholic-population/. ↩︎
マヌエル・デランダが述べたアサンブラージュ理論では,実体は個々の部分に還元できるものではなく,異質な構成要素間の共生関係から形成される複雑な構造として理解されている.その中心となる論点は,人々は単独で行動するのではなく,人間の行動には複雑な社会的・物質的相互依存性が必要であるというものである.デランダの視点は,実体の固有の性質から,関係のネットワーク内で新たな特性を生み出す動的なプロセスと相互作用へと焦点を移すものとなる.彼の著書”A New Philosophy of Society: Assemblage Theory and Social Complexity” (2006)は,良い入門書となる. ↩︎
Scott Page, The Difference: How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and Societies, (Princeton: Princeton University Press, 2007); César Hidalgo, Why Information Grows: The Evolution of Order, from Atoms to Economies, (New York: Basic Books, 2015); Daron Acemoglu, and Joshua Linn, “Market Size in Innovation: Theory and Evidence from the Pharmaceutical Industry,” Library Union Catalog of Bavaria, (Berlin and Brandenburg: B3Kat Repository, October 1, 2003), https://doi.org/10.3386/w10038; Mark Granovetter, “The Strength of Weak Ties,” American Journal of Sociology 78, no. 6 (May 1973): 1360–80; Brian Uzzi, “Social Structure and Competition in Interfirm Networks: The Paradox of Embeddedness,” Administrative Science Quarterly 42, no. 1 (March 1997): 35–67. https://doi.org/10.2307/2393808; Jonathan Michie, and Ronald S. Burt, “Structural Holes: The Social Structure of Competition,” The Economic Journal 104, no. 424 (May 1994): 685. https://doi.org/10.2307/2234645; McPherson, Miller, Lynn Smith-Lovin, and James M Cook. “Birds of a Feather: Homophily in Social Networks.” Annual Review of Sociology 27, no. 1 (August 2001): 415–44. ↩︎
Santo Fortunato, Carl T. Bergstrom, Katy Borner, James A. Evans, Dirk Helbing, Stasa Milojevič, Filippo Radicchi, Robeta Sinatra, Brian Uzzi, Alessandro Vespignani, Ludo Waltman, Dashun Wang and Alberto-László Barbási, “Science of Science” Nature 359, no. 6379 (2018): eaao0185. ↩︎
Andrey Rzhetsky, Jacob Foster, Ian Foster, and James Evans, “Choosing Experiments to Accelerate Collective Discovery,” Proceedings of the National Academy of Sciences 112, no. 47 (November 9, 2015): 14569–74. https://doi.org/10.1073/pnas.1509757112. ↩︎
Valentin Danchev, Andrey Rzhetsky, and James A Evans, “Centralized Scientific Communities Are Less Likely to Generate Replicable Results.” ELife 8 (July 2, 2019), https://doi.org/10.7554/elife.43094. ↩︎
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Lingfei Wu, Dashun Wang, and James Evans, “Large teams develop and small teams disrupt science and technology,” Nature 566.7744 (2019): 378-382. ↩︎
Yiling Lin, James Evans, and Lingfei Wu, “New directions in science emerge from disconnection and discord,” Journal of Informetrics 16.1 (2022): 101234. ↩︎
Feng Shi, and James Evans, “Surprising combinations of research contents and contexts are related to impact and emerge with scientific outsiders from distant disciplines,” Nature Communications 14.1 (2023): 1641. ↩︎
Jacob Foster, Andrey Rzhetsky, and James A. Evans, “Tradition and Innovation in Scientists’ Research Strategies,” American Sociological Review 80.5 (2015): 875-908. ↩︎
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